喜久子さまと有栖川流書道

今日12月26日は高松宮妃喜久子さまのお誕生日です。

喜久子さまはお母様が有栖川宮家ご出身です。

喜久子さまはお母様より有栖川流書道を伝授されました。

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高松宮さまとの間にお子さまはいらっしゃません。

有栖川流は常陸宮妃華子さまと礼宮に伝授されました。

華子さま

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華子さまと喜久子さまは微笑ましいエピソードがあります。

喜久子さまと華子さまのお母さま(津軽久子さん)は同級生。
華子さまが筆頭宮妃に決まった際に香淳皇后が喜久子さまに直々にこう仰いました。

「華子の和服の見立てと仕度とを、君さんに頼みたい」
(『菊と葵のものがたり』より引用)

喜久子さまは勢津子さまと百合子さまにお声掛けをして三人で呉服店から取り寄せて選びました。

有栖川流書道を華子さまが学ぶきっかけも良子さまでした。

「君さんのところ子供がないから有栖川御流がそこで絶えてしまう。もったいない」と仰ったからです。

ちびサイズ

よくお似合いですね。

こういう経緯もあって、喜久子さまにとって華子さまは娘のような存在となりました。

礼宮

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礼宮がどうして有栖川流を学ぶことになったのかというと

昭和の皇太子が「礼宮が高松のおじさまのような字が書きたいっていうので教えてください」

と高松宮さまにお願いしました。

しかし、高松宮さまは「私は字なんて教えられませんから喜久子にさせましょう」と仰ったため、

喜久子さまが礼宮の先生になりました。

どんな弟子だったのかというと

歌会始の勅題、天長節、皇后様のお誕生日、皇太后様のお誕生日と、毎年四回、御歌を書いて送ってこられます。
どうもご両親様から詠むようにおっしゃられて、送っていらっしゃるようですが、いつもそれがスローモーションなのよ。
お早く詠んでちょうだと言うんですけど、ぎりぎりまで来ない(笑)

お正月の御勅題は、男と女で書き方が違いまして、男の方のがむずかしい。三十一字を、九字、十字、九字、三字と四行にわけて書くのが決まりなのです。これを九十九三と言います。おしまいの三字は硬い字で書く。ところがあのお坊ちゃまの歌は九字で切れない(笑)。時々、とんでもなく字余りになってしまう。仕方がないから、その御歌の字に朱を入)れています。

(『菊と葵のものがたり』より引用)

ぎりぎりまで出さないというのが秋篠さんらしいですね。

このブログの読者の方がこっそり教えていただいたのですが

礼宮のテストの答案は字が汚い上に点数もひどかったとのことです。

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あら父娘揃って?

週刊誌の写真で、眞子サマの高等科卒業文集の直筆を見ました。
文字のウマイヘタより、乱暴さに驚きました。先生からも「文字を丁寧に書きなさい」と言われたそうで、注意されたことに対して不満げでした。
文字には性格が出ます。
ウマイヘタではなく、真面目な人ははねるところははね、止めるところは止めます。数字の1だか7だか、平仮名の「く」だか「し」だかわからない書き方の人はだらしない。堅物は筆圧が強く、自由奔放な人は意外と筆圧が弱い。
眞子サマの殴り書きと幼稚な文章。
そう言えば、典子女王は水茎麗しい方でした。

華子妃はこんなに愛された

昭和の、週刊誌で毎号毎号美智子さまの絶賛記事が載ってた頃も、「皇族方には華子さまが愛され、美智子さまは嫌われている」ということは書かれていました。
その理由は美智子さまが平民であること、常磐会の出身でないことだと言われました。

でも元華族でも学習院出でもない雅子妃が三笠系列の皇族方と仲が良く、学習院出のキコ妃が仲が悪いように見える。
その理由ではなかったのです。

喜久子さまの華子さまを見る目の優しいこと。実の娘のよう。
三人の妃が華子妃の着物を選ぶのは、どれほど楽しい作業だったか。
華子妃がその着物をどれほど素直に喜ばれたか、容易に想像がつきます。

それを美智子さまに置き換えると、なぜか突然ぎすぎすと不協和音が聞こえてくる。
「平民故にいびり抜かれた」と常に被害者として報道されたけど、やっぱり美智子さまの何かが異分子だったのですね。

同じように手ほどきを受けて、家庭画報に出てた華子妃の見事な手跡と、美智子さまの育てた鯰殿下の悪筆を比べて、そこにも原因があるかなあと思います。
こつこつと自分を磨かれる方と、出歩く回数を競う人と。全く価値感が違ったのです。

No title

何だか華子様と秋篠宮の写真を比較してみると、秋篠宮の姿勢の悪さがよく分かりますね。姿勢が悪ければ、きれいな字を書くのに負荷がかかるし。
何事も成し遂げるためには基本が大事で、それをひたすら反復して会得する努力が必要だと思います。華子様はきっとそれをなさっている。
理想があっても、それに対してあまり努力をしたがらない秋篠宮の姿勢がよく分かりますね。

本末転倒

常陸宮ご夫妻は、折にふれ秩父宮家・高松宮家を訪問していたと聞いたことがあります。
どちらもお子様がいらっしゃらないので、常陸宮様華子様の訪問をたいへん喜ばれていたとか。
本来、目上の方宅への訪問とは、このように「折にふれ」で良いのです。

手元に何も資料がないので間違いかもしれないと黙っておりましたが、こういうエピソードを教えていただくと暖かな交流があったことが判ります。
訪問された際には、天皇(皇太子)を支える弟宮としての心構えなども、お聞きになったのかもしれませんね。

今上陛下は参内を定例化してしまいましたが、参内とは押しかけるものではありません。
また、夏休みのラジオ体操ではないのですら、回数を競うものではない筈です。
皇太子様の参内が少ないと叩くマスコミは、何か考え違いをしていると思われてなりません。

申し訳ございません。以前から疑問に思っていたのですが、秋篠宮はどのお子様にも、その有栖川宮流の書をお教えになっていらっしゃらないんですか?常陸宮妃も、寛仁親王の内親王や高円宮家の内親王のいずれかにお教えになれば宜しかったのに、と思いますが、あまりご交流がなかったのでしょうか。これでは、高松宮妃のご憂慮をどなたも、切実にご理解されていなかったようで、大変悲しいことです。

歌会始

応募要項を調べたら、こう書いてありました。

> 用紙は,半紙とし,記載事項は全て毛筆で自書してください

カコちん、成年皇族になったら歌を詠んで、筆で書かなきゃいけないのよ。書のお稽古してるって聞いたことないけど大丈夫?

たまたま皇族に生まれたからって、自動的に勲章くれてティアラ作ってくれて、行きたい大学は全部裏から入れてくれて「皇族に生まれて良かった~」と思ってない?

それだけ裏で厳しい努力してるから国民は特別扱いを許すのよ。
あなたみたいなのは出来婚でも何でもいいから、さっさと降嫁して頂戴。税金で養いたくないわ。

お情けで今度の歌だけ代わりに詠んであげる

 エロ本を しかも隠すか パパだって 男のはしくれ 隠そうべしや

Re: タイトルなし

>常陸宮妃も、寛仁親王の内親王や高円宮家の内親王のいずれかにお教えになれば宜しかったのに、と思いますが、あまりご交流がなかったのでしょうか。

寬仁親王家と高円宮家のお嬢様は「女王」です。

すでに喜久子さまはご高齢でしたから、

女王様方を教えるほどの体力がどこまで持つかわからないということもあったと思います。

それに女の子は結婚したら皇族ではなくなります。

まさか、ここまで女子しか生まれないと言う状況になるとは思ってもいなかったのでしょう。

そういう点もあったのでしょう。

はみさまへ

はみさまは皇室内での、皇族方のお暮らしぶりについて書いてある本でもなんでも読んだことがおありでしょうか?
それらを読んでみると分かることですが、私達の暮らしとはだいぶかけ離れたところがあり驚かされます。

常陸宮華子妃殿下、秋篠宮殿下がせっかく受け継がれた有栖川流書をどなたにもお教えしないのかとのことですが、よく記事を読んでみてください。
高松宮喜久子妃殿下が有栖川流書が途絶えるのは惜しいと、ご自分のお気持ちから華子妃殿下にお教えしたのではなく、香淳皇后様のお言葉があったからであり、また、秋篠宮殿下にお教えするようになったのは今上から頼まれたからとありますよね。
つまり、そういうことなのですよ。
秋篠宮殿下は今上の覚えめでたき方なので、ご自分でお子さん達に教えようと思えばそうするでしょうが、華子妃殿下の場合、上の方のお言葉がなければ勝手にどなたかにお教えすることは出来ない。

それに文面からは、あなたが本気でそうは思っていらっしゃらないように感じられます。秋篠宮殿下に触れつつも、本心は華子妃殿下を貶めたいのではありませんか?
そのために「喜久子妃殿下の切実なお気持ち」などという言葉を使ったほしくないですね。

また、疑問に思うのでしたら、宮内庁に問い合わせてみるなりして、ご自分でお調べになってみることもお勧めします。

わたしは書のことは全く分からないのですが、
あれ、あーやの字はなかなかに良いのではないの?などと思ったのですが、いかがなんでしょう?


教えておられた方の忍耐のたまものかもしれませぬが…。


故寛仁親王及び故高円宮の女王の名称の件、ご指摘ありがとうございます。
ただまだよく理解出来ないのは、ネットで簡単に調べますと、
「有栖川流書道」は、天皇、皇族、一部の公家を介して伝承されてきた、とあります。つまり、皇族でなくても、かまわないと。今現在のように、皇室内の若い世代に男子が少ない現状では、一つの歴史的遺産の伝承のためには、内親王、女王を介して、受け継いでいくことも、十分ありなのではと思うのですが。
あと、伝承するのに、いずれかの陛下のお許しが必要、とのことですが、それは序列上、下の方が上の方にお教えする場合、ではないかと察するのですが、どうでしょう。昭和の両陛下が、有栖川流書道の伝承自体にご意見されたとは、奇妙なこと。飽くまで、高松宮妃のご希望を伺われ、よしなに計らわれたものと、お察し申し上げます。私が、常陸宮妃に、故寛仁親王及び故高円宮の女王に伝承されては、と申し上げたのも、この理由、(序列が下の方々に教えるのは自由と言う憶測)によるもので、何の悪意もありません。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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