ジャグラーSETSUKO

今日はあまりこのブログで取り挙げてない秩父宮妃勢津子さまを取り上げたいと思います。

無題



秩父宮妃勢津子さまのお父上は外交官。

勢津子さまは15歳で渡米されました。

日本を離れることは寂しいことでしたが、

親友の樺山正子がアメリカに留学していたため

会えることを楽しみにしていました。

樺山正子は結婚して白洲正子となります。

そうです、エッセイストの白洲正子です。

(勢津子さまは「節子」でしたが、貞明皇后が「節子(さだこ)」だったため、伊勢の勢に会津の津で勢津子に変えました)



勢津子さまはアメリカのハイスクールに入学されました。

この時はまだ節子でした。

フレンドスクールでは日本人だからといじめられることもなく

楽しい生活を送っていました。

驚くことが多い生活

そんなある日節子さまが友だちを驚かしたことがありました。

日本の女の子ならだれでもできるお手玉

練習に行ったテニスクラブでテニスボールでお手玉をしました。

それを見て

「節子はジャグラーだ!」

と驚き、友だちは遠くにいる人まで集めて

「節子、やってやって!」

と大騒ぎ。

「日本の女の子ならみんなできるわよ」

と説明すると

「OH,日本の女の子はみんなジャグラーなのね!子どもでも出来るなんてすごい」

とまた大騒ぎ



そんな青春時代から何十年も経った頃

もうその時は節子さまは秩父宮妃勢津子さまでした。

当時の同級生に会った勢津子さまは

「あなた、今でもオテダマできますか?」と聞かれました。

これには勢津子さまびっくり。

まだ覚えていたのか!

「大人になったからしばらくやっていませんが、一応出来ると思います」

と答えました。



このアメリカ生活で培った英語は戦後の皇室外交に大きな役割を果たしました。

チャールズ皇太子は勢津子さまを「日本のおばあさま」と慕っていました。
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No title

豪華客船とされるクイーンエリザベスの姉にあたる船クイーンメリー
今は引退してロサンゼルスのロングビーチでホテル&博物館として停泊しています。
皇族の写真が展示されているということですが、クインメリーに見学に行きましたがどこに写真があるのか分からず帰ってきました。(探す熱意がなかったです^^;)
今はQ.エリザベス(Q。エリザベスⅡの後の船)、Q.メリーⅡ、Q.ビクトリアとして(豪華)客船としてクルーズ船として活躍しています。
しかし、このころは(戦前)オーシャンライナーとしてイギリスからアメリカへの連絡船的な運航でした。(タイタニック物語を想像してください)
秩父宮様ご夫妻が洋行されたときにお乗りになったのでは?と思っています。

昭和天皇のご兄弟は皆さまご優秀でロイヤルな雰囲気ですが
その後、常陸宮さまは優美さを感じますが、直系であられる方、その方の次男が、いけません↘
時代は変わったと言いますが、やはり伴侶にあたる方の影響が強いとこうも差が出るのでしょうか?
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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