秩父宮ご夫妻の愛情物語

秩父宮さまが御殿場で療養中の時

落語がお好きでよくラジオで聞いていました。

その話を聞いた落語家たちが宮様を励ますために御殿場までかわるがわるやってきました。

三遊亭金馬師匠、春風亭柳橋師匠、桂文楽師匠、柳家金吾楼師匠など。

後世、伝説となる名噺家ばかりですね。

宮さまはお腹の底からお笑いになるためメガネが曇ります。

それを拭き拭き笑いながら、後ろをチラチラと見ていました。

勢津子さまや職員が笑っているのかを確かめるためです。

ある日、金馬師匠とお茶を飲んでいた時のことです。

金馬師匠が「宮さま、お加減はいかがですか」と尋ねると

秩父宮さまはこう答えられました。

「もう大丈夫だね。私の体はこの人でもっているんですよ」と勢津子さまを指さしながら言いました。

そう仰っていた秩父宮さまでしたが、1953年1月に藤沢市で薨去されました。


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○万人にひとりの笑い手

柳家金悟楼さんでしたっけ。
秩父宮様のことを「○万人にひとりの笑い手」と評したのは。(○の中に入る数字忘れた。)
落語を聞いてお笑いになり、
周囲の者が楽しんでいるか見回し確認されて再び笑い、
ご自分の息で眼鏡が曇ると眼鏡を外しレンズを静かに拭いて、
また眼鏡をかけ直してお笑いになる。

ユーモアと言えば、礼宮。
展示物の説明係に宮内庁職員が言った。
「宮様に冗談を言ってはなりません。理解することがおできになりませんから」

No title

お二人とも知的で品がおありになって、いかにも「ザ皇族」の雰囲気。
結核なんて、もう少し待てば特効薬ができて、治ることができたのに、本当に惜しい宮様でした。
昔陸軍の一部にあくまでも平和を志向する昭和天皇を引き摺り下ろして秩父宮様を担ぎ上げようとする動きがあったそうだけど、勿論そんな陰謀に加担する秩父宮様ではありませんでした。
今の筆頭宮家の夫婦なら、自分からクーデターを画策して、動き回った挙句自爆して、幽閉されてしまいそうです。
あれ?今やってることじゃありませんか。
お代替わりの暁には、幽閉するべき夫婦ですね。

帰国子女の勢津子さま

勢津子さま、とっても上品でしたね。
それに重厚で迫力がおありでした。

この方、明治時代にロンドンで生まれ、お父様の赴任で中国、ワシントンで学ばれた大正期の帰国子女です。

昭和50年代に、信子さま、久子さまがお嫁に来られるまで、英語の完全なネイティブスピーカーは勢津子さまだけだったそうですね。
なんで、美智子さんが英語に堪能なんて週刊誌でもてはやされるのか理解できません。

(香淳様、喜久子様は、かつて公用語だったフランス語のほうが得手だったようです)

それにしても、貞明皇后の嫁選びはすごいですね。
あの時代に、外国の学校を卒業したお姫様を次男の嫁に選んでいます。
その上、勢津子さまのおじい様は、朝敵だった会津の松平容保公。
一昨年の大河ドラマで、綾野剛が演じてましたね。

私は勢津子さまのファンで、「銀のボンボニエール」が出版されたとき、すぐに買いました。

夫も偶然、のちに文庫化されたこの本を購入して読んでいたのですが、「こういう人には、もっと、いろいろ書き残しておいてもらいたかったね。外国で育った環境など、当時の日本人としては極めて貴重で稀な経験をなさってる方だからね。」
と言ってました。


ご出身の家柄や、語学に堪能なことを全くひけらかすこともなく、とても控え目な方でしたね。

見るべきところもないのに、やたら本や写真集やDVDが出される美智子さんとはえらい違いですよ。

あれ? 

秩父宮雍仁親王
1953年(昭和28年)1月4日  肺結核により薨去


明仁皇太子
1953年(昭和28年)3月30日から同年10月12日までの半年余りにわたり、初の外遊。
ヨーロッパ12か国およびアメリカ・カナダを歴訪


http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h21e.html

昭和28年12月,20歳のお誕生日の直前に,結核の診断がなされ,以後,ストレプトマイシンやヒドラジッドなどの投薬が続けられ,昭和32年9月に至り,ほとんど御治癒との判断がなされました。



秩父宮さまが結核で薨去されたのは昭和28年1月。
明仁皇太子が結核と判断されたのは昭和28年12月。ストレプトマイシンやヒドラジッドなどの投薬で昭和32年9月に治癒。


ストレプトマイシンとかヒドラジッドという薬は、秩父宮さまが薨去されてから発売されたの?

新発売された薬を入手できたから、明仁皇太子は結核を治癒できたの?

秩父宮さまは、ストレプトマイシンとかヒドラジッドという薬が発売される前に薨去されたの?

秩父宮さまは、ストレプトマイシンとかヒドラジッドという薬が発売されていたけど入手されなかったの? 入手できなかったの?


そして明仁皇太子ですが。
当時も今も、結核になったら完全隔離されますよね?
明仁皇太子が結核に罹ったために隔離されたという報道あったのですか?


秩父宮さまは薬もきかないほど悪化されていたのだとしても、なんだか変だよね?
今、ものすごい疑問がわき上がっています。


No title

秩父宮さまの左に立つ人が何かしら離すと、
勢津君さまが、その人を振り向きながら笑われて、
何かしらお話されている。

同じように秩父宮さまも、その人とお話されている。

秩父宮さまと勢津君さまと、その人の周囲には、
通訳らしき人は見当たらない。

ご夫妻そろって英語に堪能な証拠ですね。



リョウヘイカが、エリザベス女王在位60年式典に出席するために英国へ出かけました。

ニュースで「ヘイカは英語で客人とお話され…」とアナウンスされていましたが、その時のヘイカは思いっきり日本語でした。
ヘイカの音声を消し忘れたようです。

秩父宮さまと結核新薬

秩父宮さまは、結核治療薬がことごとく体質に合わなかったそうです。

「秩父宮」(中公文庫 保坂正康著)
の592から594ページに詳しく書いてあります。

昭和22年、ノルウェー王室から、新薬のパスが送られたが副作用で断念。

その他、プロミン、ヒドラジッドなどの新薬も、日本に入ってきた早い時期に使われたが、胃腸障害の副作用で断念。

ストレプトマイシンも、一般より早くアメリカから秩父宮様に届けられていましたが、体質的に合わず効果がなかったそうです。

こうした新薬が戦後日本に入ってくる以前に、すでに結核菌が、腎臓を冒していた(右側を腎臓結核で摘出手術している)ことが、決定的だったようです。

かなりお悪かったんですね。
この本にも、「あと10年発病が遅れていれば、充分治療できた」とあります。
本当に残念でした。


(保坂氏については、どうかなと思う著述も多く、この「秩父宮」でも、2.26事件についてなどは、かなり自身の予測や憶測をまじえて書いているのですが、一応、この結核闘病の部分については、客観的な情報だと思われるので、参考に書かせていただきました。他にも、秩父宮さまの学校での席次などもはっきり書かれており、非常に成績優秀だったことがわかります。)

Re: 秩父宮さまと結核新薬

> 秩父宮さまは、結核治療薬がことごとく体質に合わなかったそうです。
>
> 「秩父宮」(中公文庫 保坂正康著)
> の592から594ページに詳しく書いてあります。
>
> 昭和22年、ノルウェー王室から、新薬のパスが送られたが副作用で断念。
>
> その他、プロミン、ヒドラジッドなどの新薬も、日本に入ってきた早い時期に使われたが、胃腸障害の副作用で断念。

そんな背景があったとは存じませんでした。

今の日本なら死ぬことははまずない病気なのに
>
> ストレプトマイシンも、一般より早くアメリカから秩父宮様に届けられていましたが、体質的に合わず効果がなかったそうです。
>
> こうした新薬が戦後日本に入ってくる以前に、すでに結核菌が、腎臓を冒していた(右側を腎臓結核で摘出手術している)ことが、決定的だったようです。
>
> かなりお悪かったんですね。
> この本にも、「あと10年発病が遅れていれば、充分治療できた」とあります。
> 本当に残念でした。
>
>
> (保坂氏については、どうかなと思う著述も多く、この「秩父宮」でも、2.26事件についてなどは、かなり自身の予測や憶測をまじえて書いているのですが、一応、この結核闘病の部分については、客観的な情報だと思われるので、参考に書かせていただきました。他にも、秩父宮さまの学校での席次などもはっきり書かれており、非常に成績優秀だったことがわかります。)

カキフライ様へ

カキフライ様へ



「秩父宮さまと結核新薬」のコメント読みました。

>秩父宮さまは、結核治療薬がことごとく体質に合わなかったそうです。





詳しく書き起こしてくださり多謝です。

秩父宮さまは、かなり悪化されていたのですね。

しかも薬が合わなかった。

勢津子さまも残念だったことでしょう、体質とはいえ。

でも、それならなおさら

「わたしは幸運にも薬が合い治癒しました。

しかしながら残念なことに叔父の秩父宮は結核で亡くなりました。

今もまだ結核が発症していますので・・・」

みたいなスピーチしても良かったのでは?

そうすれば結核予防の啓蒙にもなるでしょうに。

「地震が発生したら津波を考えて、いち早く逃げれば良かったのに。」とか

瓦が落ちてきそうな場所に市民を待機させたり、

なんだかチグハグな感じがします。

ストレプトマイシン

ヘカテーさま 皆様 こんにちは。
いつも楽しい記事ありがとうございます。

ストレプトマイシンですが、アメリカからのお差し入れだったようです。その他新薬も各国からのお差し入れだったようです。
お医者さまも周りの方は効果がなかったとのご判断だったようですが、延命という点において秩父宮妃はストレプトマイシンには効果があったとお考えだったようです。

銀のボンボニエールという秩父宮妃のご本に記されていましたような記憶があります。
秩父宮妃はとてもお優しい素敵な方だったようですね。

これからも記事楽しみにしています
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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