ああ、アンチって恥ずかしい。マサコ違いも分からないとは


アンチがコリアンプリンセスベビーはアイコを抱っこするマサコニダ!

とか言っています。


それについて取り上げた記事をご覧になった方よりコメントを戴きました。

光の日々さまコメント
銅像は李方子さん関係では?

その銅像の件ですが、以前にチラッと画像を見たようにも思いますがもしかしたら「李方子」さん関連の銅像では?という話を聞いたような気がします。
梨本宮家に生まれた方子さんは李王朝に嫁がれ、夫の李垠氏を亡くした後は福祉事業に専念した女性でした。そして、方子さんと李垠氏の間に生まれた第二子である李玖氏のお嫁さんであった(後に離婚しているようですが)ジュリア・マロックさんという人がハワイと韓国を行き来していたという女性なので、この人が方子さんの福祉事業を手伝う関係でハワイに作られた銅像が、その母と赤子の像だったのでは?と思います。「方子」は「マサコ」と読みますし、それを安易に雅子様のことと勘違いをした馬鹿東宮アンチが、「コリアンプリンセスベイビー(ってなんだそりゃ)」と名付けて雅子様と愛子様のことを指しているという捏造・嘘を勝手に広めて自爆しているのではないでしょうか(もう少し詳細を知りたい所です)。

もっとも、東宮アンチは何度も何度も反論され尽くしていることさえ、ぶっ壊れたレコードのように何回も何回も繰り返し同じことを言い続けるので、その銅像が雅子様と愛子様ではないと反論されても、また日を改めてギャーギャー言い続けるんでしょうね。「嘘も100回言えば真実になる」を実践しているんでしょうか?



名無し草さまコメント
そして気になったのが
■ National Korean War Museum Wahiawa Hawaii  ← 訳すと 国立戦争博物館

アンチは 「ナショナルコリアン」 だから韓国だ! 朝鮮だ! と思ったのかな?
でもこの場合のナショナルはアメリカ国立という意味でのナショナルだと、私は思う。
つまり「アメリカによって建てられた国立の、朝鮮戦争博物館」ではないかと思うのだけど。
とにかく現地に行って、現地からリポートしてほしいですよね。
アンチが言うように、本当に、その像が存在するのか。
アンチは言うように、本当に、その説明文が存在するのか。
でもアンチは日本国パスポート持ってなさそう。
お金も持ってなさそうだし。
きっとアンチは永遠にファビョり続けるんだろうね。
アンチ、哀れよのぉwwwwww


満天星さまコメント

よぉく考えましょうね
バカが言っている像は「国立朝鮮戦争博物館」とかいう建物の中にあるらしいですね。
朝鮮戦争っていつのことか知っていますか?
1950年6月25~1953年7月27日休戦。
雅子さまは1963年12月9日生まれ。休戦から10年後の誕生です。
李方子さんは1901年11月4日に生まれ1989年4月30日に亡くなられています。
結婚相手の李垠氏の尊称は世子。クラウンプリンスですね。
光の日々様のおっしゃるように李方子さんである可能性大ですね。
アンチは何でもマサコガーと言いがかりをつけるから世の中のマサコはすべて雅子様に見えるんでしょうね。


李方子さんは皇族一の美人と称された梨本宮伊都子さまの御嬢様

Yi_Bangja.jpg

なんと昭和天皇のお妃候補のお一人でした。

この方も激動の昭和を生きた方で韓国当時の李王朝の皇太子李垠に嫁がれました。
国際結婚ですね。
同じような方にラストエンペラーの弟に嫁がれた嵯峨浩さんがいらっしゃいます。

生まれた時から皇族のプリンセス、そして李王朝の皇太子妃になった。

傍から見れば羨ましいことですが、その真相はあまりに残酷なものでした。

李方子さんが昭和天皇のお妃候補から外された理由は不妊症という診断が医師から下されたからです。

そして不妊症の方子女王を利用して李王朝を滅ぼそうと当時の大日本帝国は考えました。

(この診断は李方子さんの妊娠で誤診だったと判明しました。診断を下した医師は処罰されました)

韓国の皇太子と言ってもほとんど日本で暮らしていました。

戦後、李夫妻は王族の地位をはく奪されました。

臣籍降下です。

ただの在日朝鮮人として生きていかなければならなくなりました。

しかも最悪なことに李垠が軍人だったため、他の宮家のように一時金の支給もありませんでした。

今までお金を使ったことも見たこともない二人でしたから、お金の使い方を教わる必要がありました。

終には住んでいた屋敷も手放しました。
(赤坂プリンスホテルの旧館がその屋敷です)

失意の中にいる夫妻に手を差し伸べた人たちがいました。

昭和天皇、吉田茂などです。

韓国は独立しましたが、長い間帰国は叶わず。

やっと帰国が出来たのは1963年(昭和38年)

脳血栓と脳軟化症に侵されていた李垠は意識は無くベッドに寝たままの状態でした。

帰化した李方子さんは夫の看病をしながら福祉活動に携わりました。

知的障害児のための施設「明暉園」と知的障害養護学校である「慈恵学校」を設立。

平成元年に87歳で亡くなりました。

準国葬で、日本からは三笠宮ご夫妻が参列されました。

反日感情が強い韓国でも福祉活動に取り組む元皇太子妃を温かく受け入れています。


そう考えるとマサコはマサコでも李方子さんの方じゃないかと思います。





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No title

李方子さまの父は梨本宮守。 父方祖父は久邇宮朝彦。
久邇宮朝彦は、香淳皇后の父方祖父でもあります。




李方子さまは日本にお里帰りされると、まずは御所へハイヤーで参内し、昭和天皇とお会いされたそうです。

昭和天皇は方子さまを暖かくお出迎えされ御所に招き入れ、
方子さまから韓国での福祉活動のお話をお聞きになりながら、
「からだに気を付けてね。無理しないようにね。」
と優しいお言葉をかけられるそうです。

方子さまと継宮明仁親王は、遠いとはいえ血縁関係でもあるのですから、
そういう席に同席し、方子さまのお話を聞いても良いと思うのですが、
継宮明仁親王がそういう話を聞かれたという事は無かったようです。


ちょっと調べてみました。

National Korean War Museumは、名無し草様のおっしゃるように朝鮮戦争の退役軍人を讃えてNPOによってつくられた記念館らしいですね。
となると韓国、北朝鮮が関わっているわけも無く、そこに時代的に合わない日本の皇太子妃の像があるはずもありません。
李方子さんの像があるというのも不思議ですね。

創設者はこれを日本の病院で私たち負傷者の世話をした日本人看護士への感謝の気持ちを象徴していると述べています。
つまり雅子様でも李方子さんでもないということです。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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