常磐会会員は知っている「学習院女子は百人一首丸暗記」

学習院OGの方よりコメントを戴きました。

さくらの記章さま

女子部では「百人一首」を全部覚える

そういえば・・・と、昔を思い出します。

最近の様子は良く知らないんですが、昔は学習院女子部(女子中等科高等科)の古文の授業では、「百人一首全部暗記」が義務で、毎週テストがありました。
「意味もあまりわからないのに丸暗記」という教育で、私はどちらかと言えば嫌だったのですが。

でも、大人になったら、「春すぎて 夏きにけらし 白たへの ころもほすちょう・・・」とか、「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに・・・」とか、鮮烈な色彩のビジュアルが浮かんだり、
「うしとみし世ぞ、今は恋しき」という、人生の年輪の感覚とか判ってきて、
覚えておくのは悪くなかったと思っております。
必要に迫られて、和歌を作ることになったら、多少できたし。

当時はかなり女子部には独特な風習がありまして、「毎夏休みに運針百本」の宿題とか・・。それより、物理の実験やらせろ!と思っていたので、嫌でしたね。

遠足かと思ったら、多摩御陵に連れていかれ、大正天皇・貞明皇后の御陵前で、
「うつぶして、におう春野の はなすみれ 人の心に うつしてしがな」と歌ったり。

私は、向日葵のように空を向いて、でっかく生きていきたいと思っていたので、
これも嫌だったのですが、
「貞明皇后」がどれほどの女傑であり、また当時の華族と庶民の生活の差などを理解すると、歌が伝えようとしていたことも、今はわかりますが、当時そういう説明無かったもんね。

でもですよ!!!
「良妻賢母」を売りにしたいなら、「古風」なのを売りにしたいなら、学習院女子部出身者には、いくらでも使えるエピソードがあるはずなのに、なんで、キコさんには、そういうエピソードを使わないんだ???
私とそれほど年数違わないから、カリキュラムは似ていたはずだよね。

子ども達にレッスンバッグを縫ってあげるとかー。
「紀子様から佳子様へ、受け継がれる、はなすみれの心」とかー。
「百人一首で憧れた、吉野郡の雪をご覧になる、紀子さまと佳子様」とかー。
やればいいのにね。
できないわけは、何なんでしょうね????? 
まあ、母ちゃんの方は、皇室入りを狙いながら、教養でも品性でもなくエロヂカラだけ磨いてたのは有名だけど。

それはともかく、伝統を残しながら、リベラルで明るくなっている今の女子部で、愛子様が、聡明にお育ちになっていて嬉しいです!

考えて見れば、秋篠宮家には学習院女子部出身者が、キコマコカコと3人もいるんだよね。

なぜ、正月に一家で「百人一首」大会をしないのでしょうか。
娘に着物着させて、弟の左右に「格さん、助さん」みたいに立たせておくだけより、着物姿で一家でカルタ大会の方が、伝統を感じさせて、よろしいんじゃないかしら?

弟を優しくサポートしながら、母娘と弟でカルタ大会って。ビデオ写りもよろしくてよ!
まさか、誰も一枚とれないし、男の子はカルタを見て「どうやってもつのですか?」と聞くだけ・・・なんてことはないはずでしょう?



コメントありがとうございます。

やっぱり学習院ってすごい。

中学生の女の子たちが友人たちと百人一首を楽しむ。

中高公立だったヘカテ―は百人一首は歴史の授業で習ったくらいで丸暗記は学校でしたことがありません。

やっぱり伝統ある学校はやっていることが違う。

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私の母校はクラス対抗かるた大会ありました。5対5の個人戦。ちはやふる、と同じルールで。
どこかのブログに40枚じゃ一位なんてなれない、というのがありましたが、本当の勝ち抜き戦は枚数の多さとは違うんですけどね。
愛子さまたちのは、散らし、というやり方で、かるたを楽しむ形のものだと思います。
それでも40枚となると、それなりに歌を暗記していないと取れませんし、札をきちんと読めなければなりません。ひらがなばかりの歴史的仮名遣いって、ある程度読み慣れないと読みにくいものです。
東宮御一家皆さまで親しんでいらっしゃるのがよくわかります。

さくらの記章さまのペンネームを見て

「さくらの記章」って初等科の制服ソング(笑)ですよね?
武蔵野御陵でしか歌わない歌、ありました!懐かしい!!
学習院ソングの脳内カラオケが始まってしまいました(運動会の歌とか蚊のカノンとか)。
それにしても女子部の校歌とも言える「金剛石・水は器」は皇太子妃殿下や敬宮さまのような方を指すよい歌だなぁと思いました。「人も学びて後にこそまことの徳はあらわるれ」「人は交わる友により良きに悪しきになりぬなり」…良い歌詞ですよねぇ。

さすが学習院は違いますね。
私は未だに暗記どころか百人一首をやったことがありません…………(汗)

百人一首について、眞子様や佳子様はどうだったんでしょうね?
何故何も報道されないのか不思議です。

愛子様の百人一首で一番の記事は、愛子様が勉強家だということを表している記事ですね。

佳子様が退学されたとき、このように素晴らしい伝統のある学習院を一気に叩く週刊誌が信じられません。

地久節

ヘカテー様、記事にしていただき、どうもありがとうございます!

6月9日様、ありましたねー、運動会の歌。
「みている、みている、あの大いちょう〜♪」とか。懐かしいなあ。

最近、思い出せななくて、喉に骨がひっかかったようになっているのが、
「父とし仰ぐ大君の いつもみかげにならびまし 御情け深く国民を 母と守らす賢さよ」
この歌の、
一番の歌詞と、この歌の名前です。(これ、たしか二番の歌詞だったような・・・一番は日と月でしたっけ?)

皇后陛下のお誕生日祝いの歌だったと思うのですが、覚えておられますか?
当然、香淳皇后陛下の!!!

女子部は皇后誕生日=地久節ってお休みじゃありませんでしたっけ?・・うろ覚え。
この歌で、ミッチーは祝って貰いたかっただろうけど、平成になってからは、一度も歌われたことはないんじゃないかなあ。

「いつもみかげ」どころか、「押しのけるように横にいて、セット販売」状態のミッチー皇后が、
「御情け深く国民を 母と守らす賢さよ」と、言われたい!言われたい!言われたい!と週刊誌に圧力をかけているんだから、皇室はなんとも安っぽくなっってしまったもんです。

それから、庶民の私は、学生時代「水は器」の意味がわからなかったんですよお。
「人は交わる友により良きに悪しきになりぬなり、おのれにまさる良き友を 
選び求めてもろともに 心の駒にむち打ちて 学びの道に進めかし」

・・・3年B組だったら、悪しき友を切り捨てたりせず、良い方向へ引っ張って変えてやるものじゃないですか?
それが「友情」「仲間」の熱さじゃないですか? ねえ金八先生!〜とか思ったんですよね。

しかし、位の高い人は、周囲に集まってくる「おべんちゃらを言う者」「権威にくっつきたいだけの欲深者」を避け、真の人材と友情を育むべきだ!
ということを、平成皇室4Gドロドロ劇場で、よーーーーーく判り、
昭憲皇太后の賢さをまた知ったのでした!

さすがに学習院

多摩御陵で大正天皇、貞明皇后の御陵前で「うつぶして におう春野の はなすみれ 人の心に うつしてしがな」と歌ったり、地久節のお祝いとか、もう羨ましすぎます。

金剛石 水は器

ブログのお話が先に進んでいるのに、すいません。

金剛石 水は器
https://www.youtube.com/watch?v=3bWy3WUtaqY

昭憲皇太后が、ベンジャミン・フランクリンの説く「勤勉」の美徳に影響を受けて、詠われた御歌。

皇后陛下御誕辰奉祝歌

こんばんは たびたびすいません。
思い出せなかった歌は、
「皇后陛下御誕辰奉祝歌」だと思われます。

昭和16年にレコードが発売になってるんですね。
もちろん、香淳皇后のお誕生日=御誕辰日!!!をお祝いする歌ですね。

大戦へ傾いていく日本で、なぜこの歌が作られたのかな?
そういう時代でも、良子皇后は国民に愛されていたんじゃないかなあ。
そして、学習院女子部では、戦後も昭和時代は歌っていたような記憶が。
一番と三番の歌詞は思いださせないやー。歌会始撰者でもあった佐々木信綱氏の作詞ですね。

「御誕辰」の言葉を聞きかじったアンチも使っているけど、悔しかったら、悠仁様御誕辰奉祝歌が作られると良いねえ。というか、平成の皇后は何も歌も送られず、自分から校歌を賜ってもいないね。週刊誌の女王様は、所詮その程度なんだねえ〜。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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