これぞ正統なり!皇太子妃のおばあさま

えー、驚きの連続で心臓に負担をかけたことをお詫びいたします。

清涼剤となる写真をご紹介いたします。

雅子さまと父方母方の祖父母とご両親
雅子さまとおばあちゃんたち

美しく、正統です。
真っ当な日本人の姿を見るとホッとしますね。
父方の小和田のおばあさまは着物をお召です。
きっちりしているとそれだけで絵になります。


江頭寿々子さまと雅子さま
1251159472899.jpg

ノースリーブは当時はやっていたそうです。
エレガントなおばあさまです。



アンチ―、悔しいだろー?羨ましいだろうー?
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No title

山屋寿々子と江頭豊は昭和11年、九段軍人会館で挙式されています。
媒酌人は百武三郎海軍大将夫妻。
百武はこの挙式から十日後に、昭和天皇の侍従長に任命されています。

寿々子の父上である山屋他人は昭和天皇の御用掛でした。

江頭豊は東京大学法学部から日本興行銀行へ入行。
(江頭豊の父上は早世されましたが、海軍省軍務局長まで務めた江頭安太郎。)
(ZとかBでは銀行員になれない。)

その江頭豊・寿々子夫妻の一人娘・優美子の夫が、小和田恒です。
江頭優美子と小和田恒は、お見合い結婚。
(私の記憶違いでなければ、媒酌人はフランス大使夫妻です。)

雅子妃殿下の出自が低いと言うのなら、コウゴウとヒットウミヤヒなど賤民以下です。

シャコンヌさま

雅子さまのご実家の方が優れていますが、
それについてあまり取り上げられていません。

海軍大将が曾祖父と知ったのは私もここ半年のことです。

皇太子妃に内定したときやご成婚の時には情報が流れましたが、
昨今では宮内庁も知られたくないのかまったく書かれていません。

どうなっているのでしょうかね。

No title

江頭安太郎氏は若くして病没されたので、海軍中将が最後でしたが、将来を嘱望された秀才で、天寿を全うされていれば海軍のトップに立たれていたろうという逸材だったそうです。
山屋大将と江頭家との結婚は、亡くなった親友の遺児や遺族と山屋大将の繫がりがあったからのようです。
また、その駿才を見込んで婿にした岳父古賀喜三郎氏の関係で、海城中学・高校と江頭家は深い関係があります。
当然ご存じと思いますが、ご参考までに

ペリドットさま

コメントありがとうございます。

貴重な情報をありがとうございます。

海軍のトップになっていたら、雅子様の環境も少しは変わったのかなと思ってしまいました。

やっぱり小和田家はすごいや。

No title

九段軍人会館で結婚式を挙げる。

これは平民では不可能でした。

有名な例として、愛新覚羅溥傑氏と嵯峨侯爵令嬢の浩さんが結婚式を挙行したのが、この九段軍人会館です。

昭和11年という戦前に九段軍人会館で挙式した夫婦は、間違いなく上流階級だと云う証左です。

サーベルさま

コメントありがとうございます。


>昭和11年という戦前に九段軍人会館で挙式した夫婦は、間違いなく上流階級だと云う証左です。


小和田家は外商が数社入っていましたから、その点も上流階級であることの証でもあると思います。

武家屋敷として保存

雅子さまの父方祖母、小和田静子さんの御実家(嵩岡家)は、江戸時代、新潟村上藩の100石取りの中級武家で、当時の住宅の母屋部分が移築されて、他のいくつかの武家屋敷とともに、「まいづる公園」として、文化財保存されています。

近代以降も、県会議長を務めるなど、地元の名士でした。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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