正田夫妻は表に出なかった?嘘つくな!

お疲レーシック、角膜ぺりぺりー

ヘカテ―です。

こんなコメントを戴きました。

エドヒガンさまコメント

スレ違いです・・・すみません

台所ブログで花催いさんが興味深いブログを紹介して下さったので、そのブログへ行き、そこからさらにyou tube を見たのですがそこに驚くべき映像があったので、こちらにも書きます。

毎日ニュース第373号 1962.01.24封切
(昭和37年)「 皇太子ご夫妻 東南アジアへ」

http://youtu.be/AUlrVBL_tNg?t=2m12s

この3分15秒あたりを見て下さい。

明仁皇太子と美智子妃が東南アジアを訪問するというので、正田夫妻が空港まで見送りに出ています。

「美智子妃は殆ど里帰りできなかった。」とか「正田家は表舞台から姿を隠して静かに暮らしていた。」とか言われていますが、この映像を見ると嘘だというのが分かります。

これほどあからさまに表に出まくっていたとは呆れるほどです。

もしこれが小和田ご夫妻なら、皇室評論家と自称するウソつき達は、どれほど雅子妃を叩きまくるかと思うとゾッとします。

ともかくこれからは「正田夫妻、美智子さま美談は全て疑ってかかったほうがいい。」と確信しています。


コメントありがとうございます。



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2分15秒から始まります。

うーん、はっきりと出ないなーと思ってたら

3分14秒

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バッチリ映ってる!

そう言えば以前にも正田夫妻が伊勢神宮参拝から帰ってきた昭和の皇太子夫妻を駅で迎えています。

しかもカメラの前で

過去記事 お三方のご参拝+里帰り

ウィキペディアなんかには

長女皇后美智子の皇室内での立場を気遣ってかマスコミへの登場も極力控えるなど、実業家としてはかなり地味な存在であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%94%B0%E8%8B%B1%E4%B8%89%E9%83%8E

なんて書いてある正田英三郎

以前いろんな省庁の公務員が勤務時間中にウィキペディアの編纂をしていたのが問題になりました。

農林水産省の職員は「ガンダム」の項目を編集していました。

宮内庁の職員は古墳などを編集していました。

ネットでは「宮内庁のこういう裏から自分たちにとっていいように情報を変えるところが大嫌い」と書かれていました。

「もしかして正田家を編集したの宮内庁職員じゃね?」と推測する国民がいてもおかしくないよ

そもそも実家と縁が切れることは華族の世界ではあり得ません。

とにかく小さくて狭いからです。


以前北白川さんが亡くなられたことを記事にしましたが、

北白川さんの家系図を見て驚きましたよ。

こんなに狭いのか!?

思い起こせば秩父宮妃勢津子さまと高松宮妃喜久子さまは親戚です。
(ちょっと遠いですが)

もう一度言います。

華族社会はとにかく狭い。だから縁が切れることはない。

「美智子さまは正田家と縁が切れた」と自慢していますが、

それは単に正田家が華族社会と縁がないだけです。

美点でもなんでもない。


大体ね、平安時代の頃から入内した女性たちは親から援助してもらっています。

昔から宮中はそんなにリッチではありません。
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そもそも

実家との縁が切れるのってそんなにいいことですか?
「里内裏」なんて言葉もありますけど、平安時代や鎌倉時代は里帰り出産をしたり、中宮の実家が内裏として利用されることもありました。
現在の京都御所ももともと貴族の屋敷があった場所です。
実家との縁が切れるのは、上流階級とはいっても、貴族の風習ではないと思います。
昭和のお嫁さんたちに媚びるためのプロパガンダだったのではないでしょうか。
小和田夫妻を叩く材料にされるのは、あまりにも気の毒だと思うのです。

表に出ず入り込んでいた(笑)

第二子を胞状奇胎で流産した後、ミテコさんは葉山の御用邸に引きこもっていました。
その時、傷心のミテコさんに付き添ったのが、なんと父親の正田英三郎氏です。
母親でないってのも珍しいですが。

この英三郎氏けっこう正直で、皇太子妃にはなかなか会えないでしょうと聞かれて、「いや、結構会えるんですよ。軽井沢なんかで」と答えています。
その映像も何回か見ましたよ。

出しゃばりは母親似の美智子さん

私の母(70代)はよく、美智子さんのお母さんは昔、女性週刊誌のインタビューとか、それから対談とかに出てたのよ、と言ってます。
(その後、対談の相手の一人が、かの曽野綾子だと知りました。)

「女性週刊誌なんて下品なマスコミの対談に、よく出たものよね」と母はいつも言ってます。

この正田富美さん、美智子さん入内前からマスコミと懇意で、皇室サイドの情報収集に上手く使っていたみたいですね。
結婚前の正田家の写真や、婚約後は美智子の自室にまで上げて、部屋の写真やプライベート写真を撮らせているのが残ってます。
朝日の佐伯記者でしたっけ。
川島家にとっての岩井と同じですね。

一方で、雅子さまの方は、ご結婚前から明らかにマスコミへの不信感がありありで、小和田家と昵懇な記者なんておそらく一人もいないでしょう。
それが、今のマスコミ報道につながっているのは確実です。
小和田家サイドも雅子さまも、一切マスコミに媚びてこないし、都合の良いリークなんて絶体しませんから、彼らにしては面白くないわけです。

小和田家のご両親がマスコミの取材を受けたのは、ご結婚が決まった時の月刊の文芸春秋ぐらいですよ。
その後は、海外が多いですからね。

いずれにしても、この正田富美、娘同様非常に出たがりなんですね。
テレビでも、美智子さんの母ということで、よく特集が組まれていました。

奥ゆかしくひっそりしていたなんて、とんでもありませんね。
あちこちのブログで、孫たちの運動会や発表会、美智子さんの公務見送りの写真や映像がたくさん残っているというのに。

まだメディアがそれほど発達していない昭和30年代当時でこれだけ映像が残ってるんですから、一体どれほど皇室関連の場に出しゃばっていたのか、想像もつきません。

とにかく、美智子さん及び正田家についての情報は本当に嘘ばっかりですよ。




正田夫妻の出まくりには驚くばかりです。

ヘカテーさま
私の書き込みを取り上げて下さり、ありがとうございます。

そして台所ブログの花催いさま、興味深いブログの紹介ありがとうございます。


正田夫妻は表に出ていないどころか出まくりです。
それなのに、正田夫妻は遠慮していたというウソが罷り通っている....
これが小和田ご夫妻ならどれほど攻撃されるか、本当に恐ろしいです。

美智子皇后も美智子皇后です。
あれほど正田夫妻が表に出ているのに「わたくしの両親はよく来てくださいました。」とは言わない。

美智子さんって.....卑怯です。

皇室を目茶目茶にした人

同じ方のブログでこのような記事が

http://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/7b89d28fb818d4d1e46334b54ec6ea0e
見て子さまのマリアベールまで載っています。
華子さまは毅然としていらっしゃるのが良くわかりました。

意図はどこなんだろう

繰り返される「正田家は美智子さまとの交流を断ち」みたいな報道の意図は何なのでしょうか。
やはり「虐められた」アピールなのかなあ。
そして、事実ではないことを元に雅子さまとご実家を叩く意図は?

ご婚約当時外務事務次官だったお父さまの立場を考えれば、マスコミとの付き合いに一線を画すのも分かりそうなものだと思うんですけどね。
自分たちに餌を与えてくれないから憎い。
それはそのまま皇太子ご一家へのバッシングにも同じことが言えると思います。

「ポンポンネタをくれて、楽して記事を書ける人が好き」

怠慢記者に迎合してやることはありません。
(これ、スポーツ関係でもよくあります)

妃の実家

>そもそも実家との縁が切れるのってそんなにいいことですか?

・・・というより、本来、皇族男子というのは、皇后をはじめとする妻の実家に面倒見てもらうというのが伝統的です。

縁を切るどころか、妻の実家丸抱えというのが古来のありようですよ。

明治以降、相当変わったと思いますが、それでもそういう伝統は色濃くあるはずです、特に傍系の宮家に。

美智子さんは、源氏物語はじめ古典を読んだことないのかしら?

ま、美智子さんの実家は、非常に悪い意味で、天皇をサポートしてるのかもしれませんね。

皇后縁戚の多くのスポンサー企業をバックにマスコミを強力に統制するとか、皇后の親戚がトップの教育諮問機関を使って、天皇の孫娘の裏口入学に手を貸すとかね。



外戚であることをフル活用していた

「正田夫妻、美智子さま美談は全て疑ってかかったほうがいい。」


全面的に賛同いたします。
今から思えば、そもそも最初からマスコミと懇意にして情報操作をしていたように思えますし、マスコミへの登場は極力控えるとか地味に
していた、とか、ウソだろう、と思い切り突っ込みたくなります。


手元にある雑誌記事の切り抜きから、正田夫人はやり手婆?と思った記事をひとつご紹介したいと思います。

週刊文春 48(41), 138-142, 2006-10-26
阿川佐和子のこの人にあいたい (652)美智子さまのデザイン画は、斎戒沐浴して下着まで着替えて描いたんですよ ファッションデザイナー 芦田淳

ただただ感謝しているのは美智子さまのお母さまの正田富美子さま。・・・「長い間ご苦労様でした。これからは私があなたを応援します。」と言ってくださったんです。・・・「あなた個人のファッションショーをやりなさい。推薦者に私とアメリカ大使のホジスンさんの名前をお使いなさい。私がちゃんと話してあげます。二人連名のインビテーションカードをつくって、各国大使に出しなさい。」

芦田さんの言っていることが本当のことだとすれば、正田夫人はアメリカ大使の名を自由に使うことのできる人だったようです。目立たないようには気をつけておられたでしょうが、地味に奥ゆかしくどころか、見えないところでかなり暗躍しておられたのではないでしょうか。

未見ですが上記のことは下記の芦田淳の著書に詳しく書いてあるだろうと思います。

人通りの少ない道 ―私の履歴書― 芦田淳
2011年03月発売

小和田さんご夫妻があれほどまでにひどいことを言われるのは本当に理不尽です。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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