宮中の外国語はフランス語 背筋はピンと伸ばす

戦前は梨本宮妃だった梨本伊都子さんの著書『三代の天皇と私』

そこに興味深いことが書いてありました。

お妃教育について

フランス語、書道、和歌、歴史、そして妃殿下としての歩き方から心構えまで教育されるのでした。皇室の外国語はフランス語ですから、これは徹底的に発音を教育されました。今でもフランス語だけは不自由しないのも、あの厳しい教育のおかげでしょう。妃殿下というものは第一に姿勢です。背筋をピンと伸し、顎を引き美しく歩かなければなりません。

≫妃殿下というものは第一に姿勢です。背筋をピンと伸し、顎を引き美しく歩かなければなりません。
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良子さま、勢津子さま、喜久子さま、百合子さま。そして戦後臣籍降下した旧皇族の人たち。

何だあの姿勢!と思ったでしょうね。




それにしてもフランス語は話せて当たり前という環境。

それを考えるとミッチーブームの時の「英語が話せる皇太子妃」ってそんなにすごいことではなかったんですね。

勢津子さまは帰国子女だから流暢な英語が話せる。

宮中の外国語はフランス語だから当然フランス語も話せる。

正田美智子さんってそんなに威張れるものでもなかった。



伊都子さまも新婚当時は苦労されています。

姑よりもうるさい使用人が少しでも派手なことをすると

「大名とは違います」とそれは厳しい顔で叱られるのです。

それを考えたら平民出身なんだから注意されて当然です。

それを「うえーん、私は女官にいじめられた」と旦那に泣きついたらダメでしょう。

明仁皇太子は美智子さまを叱った女官を怒鳴ったという話があります。

2人とも宮中のしきたりを守る気がさらさらなかった。

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ガッカリですよね(-_-;)

>良子さま、勢津子さま、喜久子さま、百合子さま。そして戦後臣籍降下した旧皇族の人たち。

何だあの姿勢!と思ったでしょうね。

あの画像の美智子様の姿を見て、「こいつはダメだ」見たいな表情でいらっしゃるんだろうなぁというのが想像できます。


>明仁皇太子は美智子さまは叱った女官に怒鳴ったという話があります。

そりゃ、女官の人たちも何にも言わなくなりますよね。それで、何も教えてくれないなんて文句をつけるなんてただのワガママですよね。

伊都子様が「平民が嫁ぐなんて、もう終わりだ」と嘆いたお気持ちがよく理解できました。

伊都子さまも泣かされました。

>伊都子さまも新婚当時は苦労されています。
>姑よりもうるさい使用人が少しでも派手なことをすると
>「大名とは違います」とそれは厳しい顔で叱られるのです。


伊都子さまは自分が実際に苦労したからこそ「東宮妃は旧皇族、旧華族から。せめて伯爵家以上の格式でないと。」と主張したのです。

正田美智子がどれほど賢い女性でも(聖心女子大を首席で卒業と言うけれど、その成績はオールAではないので、首席は嘘だと言っていいと思う。)皇室のこと、東宮妃のことは全く分からないのだから指導されて当然です。
それが厳しい指導だとしても「虐められた。」と言うのは、いかがなものかと思います。

それにしても本当に姿勢が悪いんですね、美智子さんって。
異常なほどの猫背に見えるのですが。

語学力

伊都子妃殿下って、勢津子さまの母方のおばでもありますよね。

勢津子さまの著書「銀のボンボニエール」によると、当時の学習院では、中期1年(当時の学制では小学5年)から外国語の授業が始まり、その時点で、英語かフランス語を選択する、とあります。

勢津子さまは、フランス語を選択。
その約一年後、父上の駐米大使着任に伴ってワシントンへ渡られたので、渡米当初、英語があまりわからず、フランス語ではなく英語を選択しておけばよかったと思った、と書いてあります。

無論、その後、米国のハイスクールでの努力もあり、約3年の在学期間の間に英語のネイティブスピーカーとなって帰国し、お妃となられています。

そして、フランス語についても、「皇室の外国語はフランス語なのです。」。
宮家に上がることになり、「(学習院でフランス語を選択していたため)フランス語を多少なりともわかってよかったと思い直しました」と仰っています。

当時の皇族方は、まずフランス語を学んだようですね。

喜久子さまの昔のNHKでのインタビューでも、新婚当時のご夫妻での欧州外遊についてのお話で、「わたくし、フランス語はある程度できましたので」とおっしゃっていました。


それから、この「銀のボンボニエール」によると、勢津子さまの養育係のたかという女性の娘も、「青山学院出身なので英語ができますし、たかの助手としては申し分ない人材でした」とあります。

養育係の娘が、大正後期に青学出身で英語が堪能で、助手として松平家とともに渡米する、当時の上流社会はすごいですね。
いわば「家来の娘」でも、この学歴です。


美智子さんの育った環境と学業成績、そして英語でのスピーチ映像から見て、成婚当時の英語能力など、相当に上げ底に報道されてるのはバレバレですし、フランス語に至っては、結婚後だいぶ経ってからも、フランス文学者の朝吹三吉氏(朝吹登水子さんの実兄)を東宮御所に呼んで習っていました。

香淳様は要人とのフランクな会話はフランス語だったそうですから、本当に、美智子さんは肩身が狭かったでしょうね。

そして、その肩身の狭さは、久子様、雅子様入内で、さらに続くことになったようですね。

美智子さんってダメダメじゃん。

美智子さんって

「平民以外で私のダメな所は?」

と聞いたけど、

レスを読んで、

いろんな本を読んで、

当時の映像を見て、

ネットに出てた聖心女子大の成績表を見ると、

「美智子さん。あなたは全てがダメです。」

というのが正解だわ。


でも、

浩宮徳仁親王殿下を浜尾さんに託した事だけは立派だったわね。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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