あんたら覚悟しいや!正田富美姐さん参上!

オッスオラヘカテ―!

ビューティフルサンデーを如何お過ごしでしょうか?

この記事ではミッチーこと美智子のお母様のことを取り上げるよ。


ヘカテ―にとってミッチーと言ったら美智子さまではなく、スラムダンクの三井寿です。
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ジャンプ史上屈指の名シーン「安西先生バスケがしたいです」

ちょうど私が小さい頃、夏休みは毎年スラムダンクのアニメの再放送をしていました。


さて、美智子さまのお母さま正田富美さん

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もともとは正田富美だったのになぜか正田富美子に改名した人です

正田富美さんが週刊女性のインタビューに答えています。

でね、こんなこと言ってるんですよ。

今まで娘が皇族に嫁いでひどいめにあってきたと話す富美さん

「ひどいことってどんなことですか」と質問されるとこう答えています。

それはお話ししたくありません。ごめんなさい。その当時の日記だって、もう読み返したくないんです・・・。いまもちゃんと残してありますよ。ええ、あのころのものもね。そんな話をどこからお聞きになって、私の体験したことを本にしないかという依頼は何回もありました。でも、それはごめんだわ。あんなにつらい思いは絶対に人さまに知っていただきたくありません。でも、もし、私が当時のことをありのままに書きしるしたり、また、話したりしたら・・・そこに出てくる人たちはみな、こうおっしゃるでしょうね。“正田のばあさんは気が狂った”とね。それほどのことをされてきたということかしら・・・日記を公表すれば、少なくとも100人以上の方にご迷惑がかかると思います。そのうちの50人近く方は、すでにお亡くなりになりました。でも、ご健在の方は、きっと、お困りになるでしょう・・・



つまりこれって

「お前ら、今までやられたこと全部あたしは日記に残してあるんだからな!公表することだってできるんだよ!」

と脅しているように聞こえるんですけど

以前美智子さまを北関東のヤンキーに例えたことがあります。

過去記事 夜露死苦!美智子抗鯛紫妃

ごめん、ヘカテ―正田家を舐めていたわ

さすがミッチーのママ!

上には上がいたもんだ!

この富美さんは皇族や皇室のことを「あちら」と呼んだりする人です。

もう、ノリが極道の姐さんだよ。

ハジキの代わりに日記帳チラつかせてるんだもん。

この日記帳読んでみたいわ。

どうせ美智子さま同様、散々優しくしてもらったのに「あたしは苛められました。可哀そうでしょ」エピソード満載でしょうね。

美智子さまのことを「娘は皇族に差し上げたもので、もう正田のものではございません」とか言っておきながら、ちゃっかり一緒の写真に写ったり、直通電話で会話したり、別荘に来させたり、御所に行ったりしていた癖に
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極道さん

そこまでこの方を知らないし、この文面だけでは、そこまで判断はつきかねるけれども。
想像するに、みんなが初めてのことで、宮内庁だってかなり嫌なことをしただろうし。ご近所親戚、マスコミも含まれる言葉のようにもみえます。
まぁ、嫌なことあったの〜言わないけど〜って、女子高生か?って浅はかさを感じるけど。

正田富美こそ反皇室だと思われ。

正田富美は新聞記者にベラベラベラベラ話していた。

その中で私が最も驚いたのは、正田富美が新聞記者に言った、
「天皇制はいつまで続くんでしょうか。」
という言葉だ。

いくら第二次大戦に負けたとはいえ、昭和天皇が人間宣言をしたとはいえ、日本は民主化されたとはいえ、
「天皇制はいつまで続くのか。」
と言った正田富美。


私は、正田富美こそ反皇室だと思っている。

あちら

「あちら」呼び

確かどこかのヒットー宮妃さんも東宮家に対して使っていましたね

そのヒットー宮妃のご実家のお母様も「特別な事とは思っていない」等、
言っておられましたね

祖母から母へ、母から娘へと脈々と受け継がれている好戦的な気質

「私を誰だと思っているの!」と曰う内親王、さもありなん


そりゃ父方の祖母とも気が合う訳だ

いつも伏し目がちで思わせぶりな様子で写真に写ってましたよね、このお母さん。

この方、こうした下世話な女性週刊誌のインタビューや対談に結構出ていましたよ。

子供の頃から、多くの皇室番組を見てきた世代としては、この母親も含めた正田家の面々には、疑問を感じずにはいられません。

「美智子さんは、入内後は正田家とは縁を切った」

「正田家は俗世間とは離れ、常に控え目で、つつましやかだった」

「昭和天皇の乗ったお車に対して、正田夫妻はぬかるみにつかってまで土下座した」(さすがにこれを額面通り受け取った人はあまりいなかったと思いますが、当時のとても有名な逸話です)

なんていうことが、しきりとマスコミで喧伝されてました。

こちらでも何度も検証されているように、みんな嘘であり、「ぬかるみに土下座」に至っては、何十年も経ってから、皇太子殿下が否定なさったと記憶しています。

美智子さんが正田家とずっとべったりだったことは、多くの写真や映像、そして美智子妃のデザイナーだった芦田淳氏のエッセイなどでもよくわかります。

私が今になって疑問に思うのは、当時、どうしてこうした報道を実家サイドは否定しなかったのかな、ということです。

自分たちに都合の良いウソは、一切、たださずに放置したんですよ。


そもそも、まだ昭和30年代初めという時代に、名もない家からお妃が出たことからして、ちょっとおかしいな、という感がありました。

まして、正田家の親族に、当時の一般的な社会慣習上(あくまでも当時であって、今は違うと思いますが)、縁談に少々ネックになるような近親者が存在したことを知ってしまうと、どうもこの正田家というのは、様々な秘密がありそうだな、と思えてなりません。











この母にして

丸の内ビルさまの書き込みを見て思い出しましたが、娘は結婚前から代替わり後のことを考えてましたよ。
代替わりって、昭和の陛下が崩御されるということなのに。
一事が万事その調子で、注意されたら「初めてのことなのでかなり嫌なことされた」って親子で被害者ぶりっこ。

こういうことですか?

娘は皇室に差し上げました。
ついでにわたしたちはコバンザメのように娘にくっついて準皇族のようにふるまいます。

企業や政治家と縁を結んで会社も大きくします。
だって貴族に負けない家ですから。

名前も皇族のように「子」をつけることにしました。
美味しいことは何でも頂きます。

夜露死苦!

天皇制はいつまで

天皇制はいつまで続くんでしょうか、でしたか。

私が文芸春秋かなにかで読んだことがあるのは、当時、どこかの国の王制が革命で倒れて、(今、調べたら、たぶん、1958年7月14日のイラクのハーシム王政が打倒されたクーデターのことか?)同じようなことが日本でも起こるんじゃないか、と心配した、ということだったような記憶があります。

そりゃ、親としては心配ですわね。
ですけど、そこのとこらへんがね、革命が起こったら真っ先に逃げるんかい!とは思いますよね。損得勘定ソロバンはじいて、得と判断したのでしょうかね。

雅子妃は、国のために働きたい、ということで外交官になった方ですから、いつ、も国のため、国益、ということが頭にあると思うのです。そのあたり、自分の身の上の心配ばかりの自愛さまとの決定的な差でしょうか。筆頭宮妃はもう論外。

ニコラス・ピザ

北関東のヤンキーで思い出しましたが、飯倉にあったキャンティのことを調べていたことがあり、それで知ったことですが、「ニコラス・ピザ」というお店があったそうです。どういう店かというと、

日本で犯罪して一儲けを企みやってきたが、思いつきでやったピザ屋が大当たりし、彼の店ニコラスは皇太子様が美智子様を連れてきたり有名人が多数訪れただけでなく、黒社会の社交場にもなっていたという、ドラマのような実話です。

ということで、結婚前の彼と彼女、当時、ヤンキーだったと思います。




プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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