ハンサムすぎる皇族=昭和天皇

昭和天皇のお若い頃の写真

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↓クリックすると大きくなるよ
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マジイケメンだわ

こんなに若い頃ハンサムだったのに良子さま一筋ってなんて素敵!

ヘカテ―の理想の男性は昭和天皇と徳仁皇太子殿下です!

お2人とも奥様のことを全力で守っている姿に女性として憧れます。

(昭和天皇は4人続けて女児だったため側室の必要性を家臣から訴えられましたが、「良宮がいい」と一蹴。良子さまがこのことをお知りになった時本当にうれしかったと思います。皇太子殿下はご存じのとおり様々な圧力から雅子さまを守られています。)

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良子姫がよい。他の者では困る。

宮中某重大事件というのがあります。
その詳細は割愛します。

この時、昭和天皇(当時は裕仁皇太子)は「良子姫がよい。他の者では困る。」とおっしゃって、良子女王を皇太子妃に、皇后に、と望まれたのです。

ご成婚された後、昭和天皇は側室を断固拒否し「良宮だけでいい。」とおっしゃった。

当時の大日本帝国は軍国化しており、天皇は軍の大元帥であるため、親王ご出産は絶対でしたが、昭和天皇は「良宮だけでいい。秩父さんも高松さんも三笠さんもいるのだから。」とおっしゃって良子皇后ただ一人を貫かれました。

昭和天皇の倫理観、器の大きさ、徳の高さ、清廉さ、、、心酔します。
まさに天皇の中の天皇です。 
その昭和天皇の薫陶を受けたのが今の浩宮徳仁親王。今の皇太子殿下です。

それにくらべて今の天皇たるや、、、

「明仁皇太子など飛ばして、浩宮徳仁親王に即位していただこう。」という声が出て当然です。

平民的にお育ちの「昭和天皇」

大正14年に発行された「我らの摂政宮」を、国立国会図書館近代デジタルライブラリーで、ネットで読むことができます。もうご存じかも。
誕生から24歳までの昭和天皇の様子が、活き活き書かれています。

普通選挙(但し男子のみ、25歳以上)が開始された大正15年。世はデモクラシーの時代で、当時、摂政であった昭和天皇が、いかに質素に、人間的に、倫理感強く生きているか、ということを伝えようとした本です。「平民的な摂政宮」とたびたび呼ばれていて、「なーんだ、開かれた皇室のオリジンは昭和天皇じゃないか」と判ります。

「殿下はご幼少の折は、余り御強健の方ではなかった。然し河村泊は、繊弱であるからとて、日本服で暖かくくるんでお育て申すよりも、西洋服で薄くし、肢体の自由の発達を計り、言わば平民的にお育てすることにした。殊に皇太子になられてから、殿下のご健康は見違える程に、強壮になった。」

正しい子育てですよね。河村(川村と書かれることも)伯爵夫妻って、肝がすわっていたなー!と思います。
病弱な大正天皇の子で、将来確実に天皇になる迪宮(昭和天皇)と、淳宮(秩父宮殿下)を預かり、厳しく躾けつつ、タフにも育てたなんて。0歳から4歳までなんて、いつ病気になるか、どんな事故になるかわからない。でも、それで過保護になるより、将来を見据えた養育をした。

明治生まれは忠臣が多かったのかな。軍部が台頭した昭和初期の方が、無責任だったんだね。でも、今上さんは、虚弱な子がただ無気力な大人になったんじゃなく、嫉妬深く、狭量な競争心とか、どこで身につけたんだよっっ(怒)って思います。

立川「昭和天皇記念館」

以前、立川の「昭和天皇記念館」に行った時、他に女性の集団が来館しておりました。

見るところ60歳くらい方々でした。

写真を一つ一つ見ながらいろいろとおっしゃっていたのですが
「今の天皇より(昭和天皇の方が)いい男」
「(香淳皇后は)ふっくらしたよいお顔ね」
とべた褒めでした。

それをこっそり頷きながら聞いていました。

そんな「昭和天皇記念館」に現在の天皇皇后両陛下が来館したあたりから両陛下の写真が増えたり、館内の案内の方が事務的に説明を始めるようになりました。

以前は真剣に展示物を見ていると嬉しそうに話しかけて下さり、質問をすると笑顔で昭和天皇のお話をしてくれました。
何となく昭和天皇大好きな仲間という感じでした。

今は少し平成色に染まっているようで行っていません。

気品があってカッコいい!

ごめんなさい、少し不敬な言い方ですが‥‥
とても男性的なセクシーさをお持ちの方だったのですね。
キリッとしてるのに、とてもお優しそうで、お若いのに威厳がある。
敬宮さま、お顔立ちは香淳さまや皇太子さま、スタイルは雅子さまに似ておいでなのですが、
身にまとった独特のオーラは昭和天皇のそれに似ているのかもしれません。

初めてコメントさせていただきます。
私は今の皇室には特に興味がないのですが
へかてー様が時々投稿なさる
昭和天皇と良子様の記事を
楽しみに拝見させてもらっています!
毎回毎回、昭和天皇と良子様の
素敵なお写真やエピソードを
ありがとうございます。

だから何なの?と
思われるかもしれませんが
それをお伝えしたくて
コメントさせていただきました。

かなさま

ようこそお出でくださいました。

こちらこそよろしくお願いします。

昭和天皇の微笑

はじめまして。
普段はコメントはしたことがないのですが、昭和天皇に関するちょっといい話を読んだことがありますのでご紹介したく書き込んでいます。
文章が下手で申し訳ありません。

嵐山光三郎『文人暴食』(新潮文庫)、「南方熊楠」より引用

 「記念館(注:南方熊楠記念館)には、有名な、「森永ミルクキャラメルの箱」も展示されている。普通のキャラメル箱が六十箱入る大箱で、黄色、赤、ブルーの彩色がある。

昭和四年(熊楠六十二歳、)昭和天皇は熊楠の粘菌研究に興味を寄せ、熊楠が戦艦長門上にて進講することになった。そのとき、このキャラメル箱に粘菌標本百十種を収めて献上した。

普通、天皇への献上品は桐箱に収めるのがならわしだが、熊楠は、いつも自分がしているようにキャラメル箱とした。天皇は微笑されて「熊楠は面白い人だ」とひどく喜ばれたという。」(読みやすいように勝手に改行しました)


南方熊楠は桐の箱も作っていたのですが、「どうしてもこれが一番いいんだ」とキャラメル箱にした、と娘さんが語っていらっしゃるそうです。

昭和天皇も熊楠も、自分の研究について一本筋が通っているから、形にこだわらなくても良いと分かっていたのだと思います。いいえ、むしろ標本にこだわっているからこそ、「桐箱なんかではダメ」だという考えが昭和天皇にも伝わったのかもしれません。
昭和天皇が微笑された、というくだりがとてもあたたかく、ほのぼのとさせられます。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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