厳しく温かく育てられた昭和天皇

さくらの記章さまコメント

大正14年に発行された「我らの摂政宮」を、国立国会図書館近代デジタルライブラリーで、ネットで読むことができます。もうご存じかも。
誕生から24歳までの昭和天皇の様子が、活き活き書かれています。

普通選挙(但し男子のみ、25歳以上)が開始された大正15年。世はデモクラシーの時代で、当時、摂政であった昭和天皇が、いかに質素に、人間的に、倫理感強く生きているか、ということを伝えようとした本です。「平民的な摂政宮」とたびたび呼ばれていて、「なーんだ、開かれた皇室のオリジンは昭和天皇じゃないか」と判ります。

「殿下はご幼少の折は、余り御強健の方ではなかった。然し河村泊は、繊弱であるからとて、日本服で暖かくくるんでお育て申すよりも、西洋服で薄くし、肢体の自由の発達を計り、言わば平民的にお育てすることにした。殊に皇太子になられてから、殿下のご健康は見違える程に、強壮になった。」

正しい子育てですよね。河村(川村と書かれることも)伯爵夫妻って、肝がすわっていたなー!と思います。
病弱な大正天皇の子で、将来確実に天皇になる迪宮(昭和天皇)と、淳宮(秩父宮殿下)を預かり、厳しく躾けつつ、タフにも育てたなんて。0歳から4歳までなんて、いつ病気になるか、どんな事故になるかわからない。でも、それで過保護になるより、将来を見据えた養育をした。

明治生まれは忠臣が多かったのかな。軍部が台頭した昭和初期の方が、無責任だったんだね。でも、今上さんは、虚弱な子がただ無気力な大人になったんじゃなく、嫉妬深く、狭量な競争心とか、どこで身につけたんだよっっ(怒)って思います。



さくらの記章さまありがとうございます。

養育係で人生が左右されますね。

昭和天皇の川村伯爵、そして皇太子殿下の浜尾侍従

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突然思い出す!

BS フジで、テレビドラマの「男はつらいよ」を一日だけ放映していた。
寅さんって、最初は連続テレビドラマだったのよ。最終回で寅さんがハブに咬まれて死んでしまい、テレビ局に視聴者の抗議が殺到したの。
で、映画化。
それで、昭和天皇は「男はつらいよ」が好きだったってこと。
昭和の終わりに家庭用ビデオが売り出され、「男はつらいよ」の映画もビデオになり、献上されたはずです。
昭和の天皇皇后は滅多にお出ましにならなかった。歌手や演奏家は吹上御所に招かれ、それを無上の光栄とした。若い歌手は重荷に感じるくらい光栄にした。映画は一日テープを借りて、職員、内掌典とご覧になった。
天皇もつらいよ、と呟かれたかはわかりません。
ソースなし。
昭和育ちの思い出です。

Re:突然思い出す!

>昭和の天皇皇后は滅多にお出ましにならなかった。
>歌手や演奏家は吹上御所に招かれ、それを無上の光栄とした。


私も思い出した!
パンフルート奏者でザンフィルという人がいる。
彼も来日した時に、御所に招かれて御前演奏してる。

もちろん昭和時代の話ね。

平成の天皇皇后は、特に美智子さんは、わざわざ外に出て鑑賞するんだよね。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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