これが本当の慈愛です。良子さまのアピールしない国民への愛

美智子教の渡辺みどりなどに何十年もバッシングされている良子さま

良子さまは昭和19年から洋装での生活を廃し、

宮中服をお召になるようになりました。

これは一反の布で上下ができるという質素なものでした。

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昭和天皇もボロボロになったスリッパを修繕してはきました。

大豆の粉やフスマ入りのパン、素うどんなどを召し上がられました。

膝の擦り切れたズボンも取り換えず、

空襲で焼けた宮殿を新設することもしなかった。

「国民はバラックに住んでいるから自分たちだけ贅沢することはできない」

そういう気持ちからです。

宮中服を着る宮妃はいなくなってもずっと着ていたため、宮中服は皇后服と呼ばれるようになりました。

この皇后服を脱いだのは、サンフランシスコ講和条約が締結されて日本が独立した昭和27年でした。

終戦後、良子さまが和服を新調した時がいつかご存知ですか?

終戦から7年後のリッジウェイ連合国最高司令官夫妻を招待する席のためでした。

終戦から7年も経ってからです。

昭和天皇の巡幸する陰で良子さまは皇居でチョッキやセーターを作っていました。
戦災者のために女官もご自分のお嬢様も総動員で作られました。。
良子さまと内親王方の愛

(一度、「皇后さまお手製」と知らせてから送ったところ、「もったなくて着れません。家宝にします」「神棚に飾ります」と言われたことがあり、それでは意味がないと判断されたからです。)

そしてそれは皇后から贈られたものであることを隠して国民の手に渡りました。

劇画皇后陛下 1

劇画皇后陛下 2

劇画皇后陛下 3
(『劇画皇后陛下』222から223ページより引用)

鶏と良子さま

鶏を飼って卵を召し上がることもありました。

着ない服を子供服にリフォームすることもありました。

そういった活動を国民に見せず、いつも笑顔だった良子さま

このお方こそ国母という言葉がふさわしい
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良子皇后陛下こそ国母です!

>そういった活動を国民に見せず、いつも笑顔だった良子さま
>このお方こそ国母という言葉がふさわしい

本当にそう思います!
日本人の美徳そのもの!
ひけらかさず自慢せず黙って優しい笑顔の良子皇后陛下。

でも美智子さんは、あっちが痛いのー、こっちが痛いのー、命がけなのー、等々とアピール漏れまくり。

美智子さんは日本人の美徳、感覚から遠く離れていますよね。
(平民なら、わざとらしくて嫌われるタイプです。)

本物の皇后の姿ですね

私は以前から良子様のこのエピソードは存じておりました。戦争で苦しい思いをしている国民のために服を作っていたこと。
私は皇后様自ら国民のために色々とやって下さっていたなんて、と感動しました(涙)
ご自身だって辛いのに、国民に笑顔を振りまいて下さるなんて、これを無償の愛と例える以外一体何があるのか。
娘様たちと作業されてる画像、本当にいいですね。私だってもし戦時中を生きていて、皇后様お手製の衣服を頂いたら、絶対着れないですよ。
私はこの話を聞いたとき、変だと思いました。このように国民を愛してくださる良子様へのバッシングが酷いことが。
渡辺みどりは本当に何を考えているのか。この方だって戦時中、戦後を生きているし、皇室ジャーナリストならこのエピソードを知らないはずがない。それなのにどうして良子様を平気な顔して叩けるのか?
渡辺みどりの思う皇后の慈愛ってどんなものだろうか?
平成の皇室がおかしくなってしまったのは、この女のせいでもありますね。

正しい皇室の姿を返してくれと言いたい。

一体こんな優しい人にどう嫌われたのか

よっぽど嫌われるような行動したんじゃないの?としか思えません。
昭和の頃の香淳さまのお写真や、映像を見る限り、どちらかというと鷹揚な印象を受けます。
想像できるのは、御付きの女官さんたちが見るに見かねて香淳さまにかわって注意したのでしょう。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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