昭和の皇太子一家の軽井沢豪遊伝説

お疲レーシック、角膜ペリペリー!

花の金曜日を如何お過ごしですか?

どうも、ヘカテ―です!

昨日平成の両陛下が皇太子時代に軽井沢で夏を過ごしていたことをふれました。

読者の方より興味深い情報を戴いたので、ご紹介します。

さくらの記章さまコメント

千ヶ滝プリンスホテルを借り切って、いっぱい遊んでいましたよ〜、明仁皇太子、美智子妃は。

「皇后 美智子さま」浜尾実著 平成8年発行 によりますと

「昭和39年夏、皇太子さま(当時は浩宮さま)の夏休みは、7月14日から始まった。ご一家は翌15日から、例年通り、軽井沢へ避暑に行かれ、私もお供した」
となっています。

7月の中旬、子供の学校が終わったらすぐに一家で「軽井沢のバカンス」スタートです。
それで、8月中旬の「定例記者会見」を同じ軽井沢でやっているので、確実に「一ヶ月間以上は軽井沢で静養」ですね。

「皇太子・美智子さなのご教育法」松崎敏弥著 昭和58年発行 によりますと

「大学進学を目の前にして、(浩宮さまは)この夏は軽井沢での避暑生活も早々にお切り上げになり、東京へお帰りになって、9月初めからの第一次選考テストにそなえていらっしゃった」
となっています。

つまり、8月の終わりの頃、息子が進学の勉強のために東京に帰っても、両親である「明仁皇太子・美智子妃」は、まだ避暑をしていたわけです。そうなると「7月中旬から8月いっぱいまで、軽井沢生活」だったのでしょう

まったく「昭和の皇太子は、気楽な商売ときたもんだ!」
それでもって、キャベツ畑にまでハイヒールで出かけてモデル立ちしていたのが、「消費は美徳の時代の仇花、昭和の皇太子妃」でした。

自分が子供の時代に、親が何をしていたか、それを祖父母がどう許していたかを知っているのに。その両親が、まったく前のことを知らんぷりして、今の自分たち(皇太子一家)の質素な静養に嫌がらせるする事をじっと我慢しなければならない。
今の皇太子殿下が感じる不条理はいかほどのものでしょう。

昔の学習院では、夏に軽井沢で避暑するおうちが多くて、庶民の私はちょっと淋しい気もしましたが、でも、みんな2週間くらいでしたよ。それにお父さんは途中で東京に帰って仕事していたし。
一ヶ月以上父親も行っていて、さらに、息子の受験があっても、母親は避暑地で遊んでいるって言うのは「昭和の皇太子夫妻だけ!!!」だったです。




軽井沢で夏休みを過ごす家庭が多いと言うところがまさに学習院ですね。

それでも2週間です。

1か月以上も避暑地で遊んでいた昭和の皇太子一家!

自分たちは1か月も民間のホテルで豪遊していたのに、

那須と須崎の御用邸でご静養される徳仁皇太子一家を懇意のマスコミに叩かせるとは!


昭和の皇太子一家 軽井沢

っていうか軽井沢ってそんなにいいところかな?

那須でいいじゃん。

なんで那須が嫌いなんだろう。

本当に何にもないからかな?





もう御一方私も言いたいさま

バカンスばかり、という批判をかわすためのアリバイ工作じゃないのでしょうかね、記者会見。新聞によりますと、昭和の皇太子家の夏のご静養はこんな感じ。

昭和34年 8/14-8/17 那須御用邸(皇太子のみ)
       8/22-8/27 軽井沢(皇太子のみ)
昭和35年 7/18-7/29 軽井沢(皇太子夫妻のみ帰京)
       8/10-7/30 軽井沢
昭和36年 8/7-? 那須御用邸(東久邇成子さん逝去のあと)
       8/28-9/8 軽井沢
昭和37年 8/2-8/7   沼津御用邸
       8/10-8/30 軽井沢
昭和38年 7/8-8/31   軽井沢(美智子妃流産のあと)
昭和39年 7/15-    軽井沢(皇太子と浩宮のみ)
       7/25-8/11  軽井沢
       8/14-9/4  軽井沢
昭和40年 7/21- 9/8 軽井沢(8/2-8/8 岡山、那須)
昭和41年 7/25- 9/3 軽井沢(7/29-8/11青森、8/21-8/25鳥取)
昭和42年 7/17-7/19 那須御用邸
       7/22-8/25 軽井沢
昭和43年 8/11- 8/31 軽井沢
昭和44年 8/4- 8/30  軽井沢
昭和45年 不明(浜名湖とか、万博に行ったり)
昭和46年 8/7- 9月上旬 軽井沢
昭和47年 8/7-9月上旬 軽井沢
 

このころになると、子供たちも大きくなり別行動が増えてくる。
以下、くたびれたのではしょります。

昭和52年 不明 
昭和54年 不明
昭和55年 8/5-?   軽井沢

昭和61年 8/7-8/24   軽井沢
昭和62年 8/7-8/13   軽井沢
       8/16?-8/30 軽井沢


ご夫妻は今月後半にも軽井沢滞在を予定されており、例年通りの長期滞在となる。しかし、今夏は浩宮さまが軽井沢に入られる予定が無く、先月二十四日から軽井沢に入られていた礼宮さまも、東北旅行のためにこの日帰京されてすれ違い。紀宮さまが十日から十三日までご一緒に滞在されるほかは、例年になく親子別れ別れの「夏休み」となりそうだ。(朝日新聞昭和62年8月7日夕刊)

私も言いたいさま、お疲れさまです!

あなた様の努力に拍手を送ります。

本当に思う。

軽井沢の何がいいんだろう?

那須でいいじゃん。

まあ、軽井沢という土地じゃなくて

昔の友人とテニスしまくったり、

正田家の別荘で美智子さまの実家の人たちとべったり過ごしたり、

近くの農家を見に行ったり、

山に登ったり、

軽井沢を自転車で走り回ったり、

やりたい放題できる所がいいんですよね。
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楽しそうでいいですね(棒)

とにかく、昭和時代の皇太子夫妻は「長期にわたってお気に入りの場所で楽しそうに静養してきた」というイメージが強いですね。

御用邸のない軽井沢でさんざん遊びまくってきたくせに、今になってそれを「無かったこと」にしようとして今の東宮ご一家の、短期間かつ御用邸のある場所にほぼ限られた静養を敵視して叩かせようとするのはどうなんでしょうね?と思いたくなります。

楽しそうな静養や正田家との交流画像も証拠としてネットにたくさん挙がってるのに、まだシラを切るつもりですか?明仁さん美智子さん。

田舎なもので…

那須町は田舎です。
下野新聞の朝刊が昼前に届くようなところで、楽しく遊ばせてくれる施設も人もいません。
田舎ならではの楽しみを、自分で見つけることのできない人には、本当に退屈でつまらない場所だったと思います。
昭和天皇は植物標本を作られ、好物の鮎をおん手ずから釣り、香淳皇后は自ら野花を摘んで活けて、写生、押し花と那須の田舎でしかできないことをなさりました。
そのようなことができない方には、つまらない場所だと思います。
「田舎で何にもないから嫌いだ」

クリスチャンだもの

>っていうか軽井沢ってそんなにいいところかな?

軽井沢の再開発ってキリスト教の宣教師が深く係わってるんですよね(’-’*)
関連施設もお仲間もいっぱいよ♪

夏の手袋

ヘカテーさま

美智子さまの手袋が気になり。
ちょいと調べてみました。
プロトコルで検索したのですが
こんな面白いpage見ました。
「料理をするのに包丁じゃなくてカッターナイフを薦める回答をつけてる人がほとんどです。レベルが低すぎ」アンチ東宮と言う。ならず者がいるのと同じです。レベルが低すぎ

人が多いが市民の追っかけには見えんのう。軽井沢詣でのお練りか?
やれやれ困ったものじゃ。
(お練りとは御寺の参道を一族郎党で練り歩きお詣りことをさします)

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6863039.html#bmb=1

この時期

めちゃ終戦記念日とか絡みますけど。今の東宮が行くと叩かれるのに?当時の皇太子ご一家は今ほど慰霊慰霊って感じではなかったのですか。

今上のプロポーズは8月15日

>めちゃ終戦記念日とか絡みますけど。


昔から、週刊誌や皇室特番でも何度も報道されてますが、今上が美智子さんにプロポーズしたのがなんと8月15日です。

美智子さんがあられもなくさらしていた太ももに吸い寄せられたのか、おそらく、その日が終戦(敗戦)の日なんて、気さえ付いてなかったでしょうね、若かりし今上は。


昨今、今上夫妻がやたらと言いまくる「皇室にとって忘れてはならない日」でしたっけ?
私自身は昭和当時、全く記憶にありません。

(この「忘れてはならない日」っていうのは、終戦の日、広島、長崎に原爆が投下された日、そして沖縄戦の日でしたっけ?)

マスコミを通じてやたらと慰霊だ、祈りだ、と言い出したのは、明らかに平成になってからだと思います。

たぶん昭和の頃は、こうした日には、軽井沢のホテルで黙とうぐらいはしたかもしれませんが、あとは普通にテニスに食事にと、バカンスを楽しんでいたはずです。

確か、昭和60年8月12日に日航機が御巣鷹山に墜落した時も、軽井沢でバカンス中で、その後もそのままバカンス続行じゃなかったかな?
それで、浜尾元侍従が批判したとかなんとか(間違ってるかもしれませんが)・・・・。


いずれにしても、軽井沢での休暇は華やかなもので、当時「3時のあなた」などの午後のワイドショーで、東京と軽井沢を結んでの中継放送なんかもありました。

昭和の皇太子ご一家が、軽井沢のメインストリートを散歩されるところを、多くのテレビカメラがぞろぞろついて歩き、その様子を沿道からたくさんのギャラリーが見ている、といった映像でした。

美智子さんの行きつけ、お気にいりのお店、レストランなども詳しく紹介されてました。
美智子さんの服装は、避暑地で過ごすための「普段着のオートクチュール」です。

その他、二人の思い出のテニスコートでの、家族や軽井沢族の旧友との試合の報道も定番でした。

今にして思えば、昭和の皇太子ご一家の軽井沢バカンス、かなりブルジョア趣味であり、とても享楽的で、そして西洋風でしたね。

この夏の軽井沢だけでなく、美智子さんと紀宮だけの二人旅行とか、他にも結構あちこち旅行してたんですよ、昭和の皇太子家は。

当時は、皇族は特別な身分だから当然だ、と思ってましたが、今になって、東宮家を全くの嘘で批判し、一方で自分たちは質素に、そして常に国民のことを考えてやってきた、なんてことをマスコミに書かせる今上夫妻を見るにつけ、「よく言うよ」と言いたくなります。

ですから、昭和を知る世代としては、現在の東宮ご一家のご静養のあまりにも地味な様子、いつも順繰りに御用邸にばかり行かれることに、本当に気の毒に思っています。
はっきり言って、世間一般よりもはるかに質素だと思います。
愛子さまは、北海道や九州に行かれたことはあるのでしょうか?


今上夫妻に対して、「贅沢してお金ばっかり使っていたくせに、祈りだの、慰霊だの、どの口で言うか!」と腹立たしさを感じている中年女性は多いと思います。

こんな天皇と皇后だから、どんなに表向き慰霊しても、祭祀を行っても、次から次へと災害が起こるんですよ!
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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