彬子さま曰く「皇族はプライベートでもちゃんとした服を着なきゃダメ!」とのこと

産経ニュースに彬子さまのインタビュー記事が書いてありました。

それにちょっと気になることが

 父からは服装に関して、プライベートな旅であっても、公共の交通機関に乗るときに「いいかげんな格好をするな」とよく注意をされました。当時は「面倒だな」と思っていましたが、今思うと、いつ、どこで、誰に見られているか分からないのだから皇族としては当然のことです。子供のころは実感がなかったのですが、多くの方と接する機会が増えた今になって、「父がおっしゃっていたことはこういうことだったのだ」とひしひしと感じることがあります。
http://www.sankei.com/life/news/150601/lif1506010014-n3.html
父と言うのは薨去された寬仁親王のことですね。

(男系主義者で、父娘でいろいろヘカテ―は言いたいことはありますが)

彬子さまのちょっと離れた親戚の二十歳の娘っこ
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違和感ありあり

ヘカテーさま、お帰りなさいませ。お若いのだから、旅行にもどんどん行って楽しんでくださいね。

さて、このインタビューは注目しています。全5回らしいですが、お母さまについてどうおっしゃるのか、と。この人に対する違和感の一番大きいのは、母親と断絶状態、というところ。母親を大事にできない人など、いくら優秀かは知らないけれど、尊敬できません。

それと、なんだか言い訳なさっています。

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彬子さまは別のインタビューで、女性宮家について「決めるのであれば早く決めていただきたい」と語られたと紹介され、波紋を呼んだことがある〉

 当時の報道ではかなりの部分を省略されてしまったので誤解が生じてしまいました。この問題に関しましては、できればきちんと多くの方で議論していただき、どこかで変えなくてはならないことだと思っていることは事実です。現状のように方針が論じられることなく、先送りにするだけになってしまいますと、その決定次第では人生設計を大きく変えなければならない女性皇族にとって、大変厳しいことであることを分かっていただきたくて申し上げました。

 父の生前は、妹(瑶子さま)ともこの問題について話し合うことがありました。私たちは結婚したら皇室の外に出るものとして育てられてまいりました。その大前提が崩れるか崩れないかというのは、女性皇族の人生にとって大きなことではありますが、今は頂戴したお仕事を真摯(しんし)に務めさせていただき、皇族としての務めを果たしていくのみだと私は思っております。
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これも違和感。皇族としての務めを果たしていくのみ、というのはよろしいのですが、どういう誤解だというのか、言ってることは変わらないように思えますが。それに、今のところ、三笠宮系の女王さま方が、大前提が崩れる可能性はないのですがね。そうなってほしい、と思っておられるのでしょうかね。

彬子女王

ヘカテ―様、お帰りなさい。
よくぞこの記事をアップしてくださいました。
ヘカテ―様ならきっと気づいてくださるだろうと信じておりました~。

彬子女王、何気なーくチクチクやってますよねぇ~w
1回目のインタビューではアップしてくださったところ以外にも
『父とはいえ身位が上の皇族さまであり、敬語で話すのが当たり前だと思ってきましたので、友人の家に遊びに行き、友人が「お父さん、○○取って」と話しかけるのを聞き、「そういうものなのだ」と衝撃を受けたことがあります。』
母親に向かって「うるさい!」と怒鳴る、言葉遣いの悪い内親王もどきにチクリ。

2回目のインタビューでは
『祖母からは皇室の習慣、伝統にどういう意味があるのかということをよく聞かせていただきます。例えば、皇族がなぜ帽子をかぶるのか。祖母に伺うと、「日よけなのよ」とお教えくださいました。基本的に帽子は明治時代に外国から入ってきたものですが、当時外に出るときは日よけとして帽子をかぶるのがエチケットであり、マナーでした。皇族にはその習慣が残っているので外出時は帽子を着用しますが、午後4時以降の行事では帽子をかぶりません。なぜなら4時以降は日をよける必要がないからです。皇族の習慣には理由があり、それを次の世代につないでいかなければならないと思います。祖母は皇室の知識の宝庫でいらっしゃるので、本当にありがたく思っております。』
妙な皿をのせる美智子さんをチクリ。
ついでに皇室の習慣・伝統を伝えてくれる祖父母のいない秋篠さんちもチクリ。
東宮ご一家は常陸宮殿下をはじめ、三笠宮系の皆様とも御親睦がありますから
きっと色々なお話を伺っていることでしょうね♪

百合子妃がおっしゃる「皇室のエチケットそしてマナー」

寛仁親王殿下第1女子・彬子女王(2)祖父母は「人生の目標」
http://www.sankei.com/life/news/150602/lif1506020006-n1.html


祖母からは皇室の習慣、伝統にどういう意味があるのかということをよく聞かせていただきます。

例えば、皇族がなぜ帽子をかぶるのか。

祖母に伺うと、「日よけなのよ」とお教えくださいました。

基本的に帽子は明治時代に外国から入ってきたものですが、当時外に出るときは日よけとして帽子をかぶるのがエチケットであり、マナーでした。





「日よけとして帽子をかぶるのがエチケットであり、マナーでした。」とおっしゃる百合子妃。
百合子妃のご両親はともに子爵なので、百合子妃のおっしゃるエチケット・マナーこそ本物であり正しいと思います。

そこで思い浮かべるのが美智子さまの、日よけが全く無い小さな帽子です。
これは「相手の声がよく聞こえるように。」という理由で日よけの無い小さな帽子になったそうですが、美智子さまは帽子デザイナーに「小さな帽子にしたら目立って良かったわ。」とおっしゃっています。
どちらが先なのか分かりませんが、美智子さまが皇室のエチケットであるマナーを壊したのは事実です。

「小さな帽子にしたのは相手の声が聞こえるように。」という理由ですが、帽子をつばを斜めにするなどのデザインにすれば相手の声が聞こえると思います。

私は、今こそ、美智子さまからではなく、百合子妃による本物のエチケットとマナーを拝見したいと思います。
ご高齢なので大変だとは思いますが、百合子妃にこそ宮中晩餐会やお出ましなどをしていただきたいと思います。

皇族の、本物のエチケットとマナーを拝見したいです。

同感です

お、ヘカテー様お帰りなさいませ。
旅行は楽しめましたかな?

私も私も言いたい様と同じように彬子様のインタビューを見まして、以前から変だなーと思っておりました。
お母様が病気で苦しんでいらっしゃったのに冷たいですよね……

寛仁様は男系派でいらっしゃるのに、娘様たちはご自身の存在を否定された気分にはならなかったのだろうか?ちょっと不思議です。

それが教育、しつけです。

寛仁さま・・・いろいろ思うことはありますが・・・

娘に対する教育、しつけは一応きちんとしていたみたいですね。

いつどこで誰に見られているかわからない、なんて一般家庭でも言いますよ。当たり前の事です。

週刊誌によると、母親のゴッキ~は叱りつけ(これも当たり前。でも皇族なんだからそれ以前、品位の問題)父親は理解←ばかすぎ、しつけ放棄だわ。

でも言っても聞かないほど物凄い性格のカコさん・・・

だんだん本性を現してるけど、こんな子を嫁になんていう上流階級や旧家の親御さんているかしら?

息子と結婚したら尻に曳いて親たちをあごで使いそう~「私を誰だと思ってんのよっ!」

彬子女王の爪の垢を煎じて飲んだら?

この文章を読んで感想を聞かせてほしいわ~

ま、私は私!カコさまよっ!だろうけど。

お早くご降嫁なされませ。

いえ、皇籍離脱可能ですわよん♪お金ももらえて公務なんてしなくていいし大好きなへんてこファッションもしたい放題だしね(笑)

ヘカテーさま

寛仁親王。私も色々言いたい事があります。

親業はしていらしたのですね。
服装に関してはきちんと教えて。

以下のリンク。三笠宮寛仁親王となっている。しかも破天荒と表現している。間違った記述が多くて呆れるばかりです。

http://matome.naver.jp/m/odai/2133897533033010301

20歳の娘。誰かに似てるなぁと思っていました。うーん。
沢尻エリカと似ている。顔とかでは無くて「別に」とか「はぁ?」的な感じが。彼女は芸能人だし。それが売り物みたいな部分もあるし。美人だから。態度悪くても許されるけど

皇族の娘が同じ雰囲気とは。躾が出来ない両親の証拠だね。

何やってるのか?意味不な家族。

ストーカー母子

ヘカテーさま

ダイアナ妃のピンクのコーディネート。1983年3月25日、オーストラリアツアー中にキャンベラの戦没者記念碑を訪れました。サテンのオレンジがかったピンクのドレスをお召し

それで、娘さんのお母さん。
結婚の儀に出掛る朝のお洋服。
7年待っていたストーカー。
娘もストーカーになりそう。
なってる可能性あり。

7年越しと言えば。皇太子さまが一途に思い続けた雅子さまへの時間と同じだけど。レベルが違う…

女性宮家と彬子女王

某宮家の子供たちと違って、さすがに立派なおじい様、おばあさまをお持ちの方だけあると、思いました。
でも、女性宮家の問題を早く決めてほしいとおっしゃるのは、どうなんでしょう。
もともと女性宮家は、秋家のためのトクトクプラン。だって内親王限定だから。
もし、以前の皇室典範改正が成立していれば、三笠宮家は彬子女王が、高円宮家は承子女王が継ぐことができたものを、懐妊テロで出鼻をくじかれ、そればかりか髭の殿下が公然と反対意見をお出しになった。小泉総理はテロ解任とは関係なく審議を続けたい意向だったのに、皇族さんが反対ならしかたないなあときらめてしまった。

髭の殿下は、男系維持のためには側室容認とまでおっしゃった。
彬子女王は、その辺をどう考えていらっしゃるのでしょうか。
小さい時から降嫁前提で育てられたのなら、女性宮家がどうなろうと、ご自分の考えで結婚なさったらいいのに、なんだか結婚後も皇族でいたい方なんでしょうか。

皇族としてのたしなみ、学問への取り組みなど、どこかの内親王とは大違いの方だけに、その辺の潔さが足りないように思います。

寛仁親王の娘

6月6日は、寛仁親王の3年祭なのですね。それにあわせていろいろ出て来たようですが。

1.情報誌「インサイドライン」5月25日号 (未見)
 寛仁親王3年式年祭を前に表面化する母娘の確執

 「寛仁親王は生前、信子妃のことを「虚言癖がある」と語っていた」
 「母親としての躾・教育を逸脱した精神的虐待を日常的に繰り返していた」  などといった家族内の確執が綴られていた(後出 週刊文春記事より)

2.「正論」7月号 (未見)
 彬子女王インタビュー:ご薨去から3年 父・寬仁親王殿下への思い

3.「週刊文春」6月11号
 ”ヒゲの殿下”3度目の命日に娘二人が画策する「糾弾所感」
 三笠宮彬子さま・瑤子さま「実母信子さま追放」6.6クーデター計画

 信子妃がDVを受けていたことが書かれている。
 「彬子さまは、在りし日の殿下の”生き写し”のように、様々な形でお母様を責められる」

4.「週刊新潮」6月11号
 寛仁親王薨去3年で手記を発表「彬子女王」が月刊誌に書かなかった母「信子妃」との相克

5.「文芸春秋」7月号 発売予定
 彬子女王の手記を掲載予定

彬子女王のインタビューや手記では、信子妃のことは一切語らない、信子妃の写真も載せない。雑誌はいろいろ書く、何が本当なのかはわかりませんが、

一言で言うと、良くも悪くも「寛仁親王の娘」ということでしょうか・・・・

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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