雅子さまのおじさま、おばさまの凄さ!

雅子さまのお父上の小和田恒さんは8人兄弟(五男三女)の4番目

このご兄弟がまたすごい!

①小和田顕氏(長男)
東京大学卒業
専修大学教授

②小和田節子さん(長女・故人)

③片田恭子さん(次女)
奈良女子大学卒業
ご主人は元播磨大火煉瓦常務

④小和田恒氏(次男)
東大卒業 
外務事務次官・国際司法裁判所元所長

⑤鎌田隆(三男)
東大卒業
弁護士
鎌田家養子

⑥小和田統氏(四男)
東大卒業
国際観光振興会理事

⑦柏原紀子さん(三女)
お茶の水女子大学卒業
ご主人は日本興業銀行常務

⑧小和田亮氏(五男)
東大卒業
運輸省港湾局港湾計画審査官


5人の男の子は全員東大

2人の女の子は奈良女子大学とお茶の水女子大学

すごい!

雅子さまの叔母の紀子さんは「としこ」と読みます。

カイザリン愛子こと敬宮さまの大叔父、大叔母のレベルの高さ。

敬宮さまの母方の祖母である小和田優美子さんは一人っ子です。

優美子さんは慶應義塾大学を卒業された後、学ばれたフランス語を活かしてエールフランス極東支社長の秘書をされていました。

小和田恒さんは実質的に海軍のエリートたちを先祖とした江頭家に婿入りしたされたようなものです。

このエリートの血が敬宮さまにも流れているんですね。




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想像以上に立派なご家系

部落解放同盟が抗議したのですよね。以下、朝日新聞記事より


◆1993年07月06日 皇太子妃の家系図掲載で波紋(皇室報道:42)

 「小和田雅子さんが皇太子妃に決まって報じられた家系図や家柄は、『生まれ』の大切さをはっきりさせた。結婚差別に苦しみ、自ら命を絶っていった仲間のことを考えてみよ」
 今年二月、部落解放同盟東京都連合会の機関紙は、こう主張した。朝日新聞など各紙は「皇太子妃決定」を伝えた一月七日付朝刊で、雅子さんの家系図を掲載した。
 掲載人数は、朝日と毎日が二十四人、読売二十六人、産経二十九人、日経三十四人。いずれも曾祖父(そうそふ)の代までだった。東京新聞はさらにさかのぼり、「先祖は士族」という見出しとともに三十九人を載せた。
 解放同盟中央本部はその後、テレビ、雑誌を含むマスコミ各社に「家系図掲載や家柄賛美の報道は、差別撤廃の点から見過ごせない」と抗議文を送った。
 阪本義信・同本部総務部次長は、「身元調査への反対運動は、マスコミの後押しもあって浸透しつつあった。一連の報道が、宮内庁の調査を是とする意識を広め、流れを逆行させるのが心配だ」と話す。
 同様の抗議は、広島県の高校生グループからも朝日新聞に寄せられた。
 皇太子妃を選考する過程で宮内庁が身元調査をしていたことは、宮内庁自身が四月二十一日の衆院大蔵委員会で認めている。
 「将来、日本の象徴になられる皇太子殿下にふさわしい配偶者をお世話する立場にあるものとして、必要な情報収集等の調査を行ったことは事実。宮内庁の能力にも限界があり、外部の協力を得たことも事実。皇室会議に必要な限度において調査した」(以下、省略)


◆1993年03月05日 皇太子妃内定の過程での身元調査に抗議文 部落解放同盟
◆1993年02月25日 皇太子妃報道で抗議 部落解放同盟中央本部
◆1993年02月02日 影落とす「家計図」「家柄」… 皇太子妃報道と部落差別問題 /東京


◆1993年01月07日 小和田雅子さんの家族・親族
小和田家は新潟・村上藩の武士の流れをくむ。皇太子妃に決まった雅子さんの家族、親族には、外交官の父をはじめ、中央官僚や学者、財界人ら多彩な顔触れがそろっている。 (中略)

 一方、雅子さんの母方の江頭家からは、財界人、評論家、軍人などの人材が出ている。(以下、略)

No title

>優美子さんは慶應義塾大学を卒業された後、学ばれたフランス語を活かしてエールフランス極東支社長の秘書をされていました。



優美子さんは、
双子(礼子さん節子さん)をソ連で妊娠したのですが。
当時のソ連は医療レベルがあまり高くなく、
双子を出産する時のリスク回避のために、
日本へ里帰りするのではなく、
スイスで出産する方法を選択しました。

なぜスイスでの出産を選んだのか?
優美子さんはフランス語に堪能だからです!
わざわざ日本に帰らず、
ソ連に近いスイスで出産したのです。

これは当時テレビでも放送されていたので、
知っている人は私だけではないはずです。



ここで思い出すのが、
紀子さんの母親です。
紀子さんの母親もアメリカにいる時に弟の舟を妊娠しました。

英語に堪能ならアメリカで出産する事も可能だったはずですが、
紀子さんの母親は英語ができなかったので、
日本に帰国して出産したのです。

紀子さんの母親は、
「紀子が英語を忘れないように」という理由で、
なんと駅を歩いている見ず知らずの外国の方に、
紀子さんに英語を教えるよう依頼していたとか?

川島辰彦の職業って学習院大学教授ですよね?
大学教授なら、
同僚に英語専攻の教授いるはずなのに、
なぜか駅を歩く外国の方に依頼しようとした紀子さんの母親。

紀子さんの母親は英語ができないだけではなく、
非常識だと思うのは私だけでしょうか。

それに、
英語ができれば、
自分が娘の紀子さんに英語を教えられるはず。
でも、
見ず知らずの外国の方に英語を教えるように依頼していたというのですから、
紀子さんの母親は英語は出来なかったと思います。


注目度の違い、内容も段違い

紀子さんだって家系は公表されたのですけれど、部落解放同盟からの抗議はなかったみたい。

ちなみに、紀子さんの場合8月26日に婚約内定報道があり、9月12日皇室会議で婚約内定、家系報道。雅子さまは、1月6日の夜9時前に「皇太子妃に小和田雅子さん」という速報が流れたと記憶。1月7日はもう大騒ぎ。家系はその日の朝には新聞に出ていました。


以下、紀子さんの家系報道、朝日新聞記事より抜粋。

1989年09月12日 川嶋紀子さん、家系たどれば 礼宮さまご婚約

川嶋家は、元庄屋の旧家として、和歌山市では知られる。かつては、紀ノ川のほとりの同市本町に大きな屋敷を構え、川を渡った同市府中地区に広い田畑を持つ地主だった。地名にも「川嶋山」が残る。
 川嶋紀子さんの曽(そう)祖父・川嶋庄一郎氏は明治3年4月、和歌山県有田郡清水町に松浦平吉氏の次男として生まれた。寺子屋では、一度教わったことは忘れなかったことから「袋耳」のあだ名があったという。明治27年、東京高等師範学校卒業の年に、川嶋家の婿養子に。京都、富山、滋賀各師範の教諭を経て同34年に学習院教授となる。佐賀師範学校長、奈良師範学校長、和歌山市視学なども務めた。

うんぬんかんぬん

川嶋家は、庄一郎さん以来の教育者一家と言える。 (以下省略)

(゜ロ゜;ノ)ノ

はじめまして_(._.)_

すごいですね(;゜∇゜)
優秀なご家庭って、ホントにあるんだな…(溜め息)

愛子さまも将来は東大?ハーバード?
どの名門大学でも進学できますね。
楽しみです(^^)

誤魔化せない事

へカテーさま

雅子さまのおじさまおばさまのエリートさを記事にして下さり。ありがとうございます。

愛子さまの大叔父さま大叔母さま。雅子さまのお父様、お母様。目を見張りました。血統は真似しようが無い。誤魔化しがきかない。

なんちゃって博士号。なんちゃって小学生とは別次元の世界です。

カコちん下関ホテル出待ちの画像を見ました。でも何故か堂々と出すニュースでは無いらしくちんまりした画像でした。遠景好きな一家です。

遠景好きな宮家は誤魔化してる?とついつい感じます。

このページに。お!と思いました。
私は初めて知りっので貼ります。
『民間から皇室に嫁いだのは美智子様以来二人目です』
http://matome.naver.jp/m/odai/2141532938949824301/2141534027864690803


運命的なものを・・・

ヘカテー様の記事を拝読して、驚きました。

どこの大学であるのか、などは申し上げませんが、実は雅子さまのご家族の一人である方がいらした大学の出身です。私が在学しているときには、既にその方はいらっしゃいませんが、同じ大学に雅子さまのご親族の方がいらしたことに、縁を感じますとともに、改めて嬉しく思いました。

小和田家は、新潟県の村上藩の武士(旧士族)の出ですが、官僚や大学教授など、多くのエリートを輩出してきた家系というだけでも、凄いと思います。雅子さまのお人柄を見る限りでも、皇太子妃として相応しい家系だと思いますよ。

特に一番驚いたのは、雅子さまのお母様、小和田優美子のご実家である江頭家が、旧海軍軍人のエリートたちを先祖した家であったということです。私の家にも戦時中に戦死を遂げた海軍軍人(階級は不明)がいましたので、こちらも凄いと思いますよ。何せ、海軍中将といえば、今の海上自衛隊の将官とは比較にならないぐらい、凄いですからね。余程の功績を挙げない限り、出世なんてありえない。更に雅子さまは山屋他人海軍大将の曾孫だったんですね。山屋大将は、海軍の聯合艦隊司令長官も務められたエリート軍人。大正8年に大将に昇進とのことなので、恐らく大正天皇から任じられたんですね。海軍大将は、親任式をもって任じられる親任官(つまり天皇が自ら任命する武官)ですから・・・。

ここまで見ると、故・高松宮妃殿下が皇太子ご夫妻を気遣っていたのも分かる気がします。夫の高松宮殿下も海軍軍人でしたからね。何か運命的なものを感じられたのでしょう。

私自身も運命的なものを感じましたが・・・(笑)

ささゆりさま

貴重な情報ありがとうございます。
雅子さまの双子の妹さんお母様がフランス語が堪能でいらしたのでスイスで出産されたのですか!流石。

舟君の件で思い出しましたのが連れ合いが生まれた時の話です。彼は1968年テキサスのダラス生まれ。3つ下の弟も同じ病院で生まれてます舟君と同年代かと思います。父は商社マンで当時ダラスに住む日本人は自分達一家だけだったそうです。妊娠も出産も現地でしたが。何の問題も無く。戸籍にはダラスの何ストリートの何病院と記載されています。彼は4才迄ダラスにおり両親の意向で英語のみでの会話でした。帰国後は神戸市長専属通訳の祖父と父とは英会話。英語が分からない祖母には二人が訳して伝えたと聞いています。商社マン夫婦ですが会話に不自由し無かったのに。川嶋家は?ある程度英会話が出来ないと現地で生活するのは困難だったろう。まして買物とかどうしていたのだろう?しかも駅でストリート教育?米国の妊娠出産事情英語教育を聞いていましたので余りにも理解不能摩訶不思議な川嶋一家と思いました。

追伸。先程のコメントで。
このページに。お!と思いました。
私は初めて知ったので貼ります。
でした。ミスタッチ失礼しました

「逆に非ず」

川島紀子さんと礼宮さんが婚約発表した頃、会津に観光しました。
「会津藩から秩父宮勢津子妃に続きふたりめのお妃。川島紀子さん、おめでとうございます。」
ほうぼうに張り出されていました。
キコ妃の祖母紀子さんが会津藩士の血筋とのことで。
今は、そんな張り紙1枚ないですね。
会津藩士は「逆」と言われることを何よりの屈辱と思っていますから、当たり前です。皇位簒奪は「逆」の極み。
意識的に男子を受胎したのでなければ、妊娠6週目で公表できません。
妊娠の数え方、日本人男性は全然知らない。特に中高年は子持ちでも知らない。
最終月経の第1日めから妊娠が始まるんですよ。
それと、女性の月経は28日ごとに必ず巡るわけではないです。体調により、相当前後します。だから、妊娠6週なんて「遅れてるなあ。心あたりあるから婦人科に行こう」せいぜい「妊娠したんだ。まだ不安定だから、母親と夫くらいにしか打ち明けられないなあ」
そんなもんでしょ。
心音確認して即時公表。
で、その親王、車のドアの開け閉めがブームな、あと3ヶ月で9才。

ごめんなさい

昨夜の私のコメントを読みましたら、雅子さまのお母様、小和田優美子さんのところを「さん付け」にしていませんでした。大変失礼にあたり、申し訳ない思いです。

再度、よく読み直してからコメントを投稿するべきでした。

お詫びして訂正します。

運命的なものを・・・

ヘカテー様の記事を拝読して、驚きました。

どこの大学であるのか、などは申し上げませんが、実は雅子さまのご家族の一人である方がいらした大学の出身です。私が在学しているときには、既にその方はいらっしゃいませんが、同じ大学に雅子さまのご親族の方がいらしたことに、縁を感じますとともに、改めて嬉しく思いました。

小和田家は、新潟県の村上藩の武士(旧士族)の出ですが、官僚や大学教授など、多くのエリートを輩出してきた家系というだけでも、凄いと思います。雅子さまのお人柄を見る限りでも、皇太子妃として相応しい家系だと思いますよ。

特に一番驚いたのは、雅子さまのお母様、小和田優美子さんのご実家である江頭家が、旧海軍軍人のエリートたちを先祖した家であったということです。私の家にも戦時中に戦死を遂げた海軍軍人(階級は不明)がいましたので、こちらも凄いと思いますよ。何せ、海軍中将といえば、今の海上自衛隊の将官とは比較にならないぐらい、凄いですからね。余程の功績を挙げない限り、出世なんてありえない。更に雅子さまは山屋他人海軍大将の曾孫だったんですね。山屋大将は、海軍の聯合艦隊司令長官も務められたエリート軍人。大正8年に大将に昇進とのことなので、恐らく大正天皇から任じられたんですね。海軍大将は、親任式をもって任じられる親任官(つまり天皇が自ら任命する武官)ですから・・・。

ここまで見ると、故・高松宮妃殿下が皇太子ご夫妻を気遣っていたのも分かる気がします。夫の高松宮殿下も海軍軍人でしたからね。何か運命的なものを感じられたのでしょう。

私自身も運命的なものを感じましたが・・・(笑)

AB型 さま

直しておいたぜ☆

気にすることないっすよ


プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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