″ブレイン”というニックネームの雅子さま。ご先祖さまも優秀でした。

オッス、オラヘカテ―!

先週土曜日の「ショーライノテンノーの映画鑑賞会」。

「何かあるかな?」とワクワクしていましたが、つまらないくらい普通でしたね。

ただ階段を下りて席に座っただけ。

まあ、首振っていたのはなぜなのかな?と疑問に思いましたが。

あれ何だったんだろう?

お噂スレでは「リハがあった」なんて噂されていますね。



さーて、パッパラパー宮家とは違い「she has seen the world」と言われた雅子さま

過去記事 茂木先生の雅子さまへの視線

雅子さまのご先祖さまを調べていたらこんなことが分かりました。

海軍兵学校

その名の通り海軍の将校を育てる目的で創立された学校です。

明治15年に二人の青年が入学しました。

一人は旧南部藩出身の山屋他人

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もう一人は旧佐賀藩出身の江頭安太郎

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この時代の海軍を牛耳っていたのは薩摩藩でした。

しかし、山屋と江頭のクラスは優秀な者ばかりだったため「花のクラス」と呼ばれ、薩摩藩出身者が一人もいない珍しいクラスでした。
クラスメイトはみんな微禄の藩士の子弟ばかりで団結力も並のものではありません。

この学年で成績のトップは江頭安太郎でした。

全科目すべてトップ。

江頭の頭脳は明治13年に卒業した佐賀中学校(現在の佐賀県立佐賀西高校)から優れていました。

通常4年かかる課程をなんとその半分の2年でマスターして、主席で卒業しました。

その優秀さから鍋島侯爵の貢進生に選ばれています。

貢進生とは各藩からの推薦を受けて大学南校に入学した生徒のことです。

学資がただで、東京の学校(大学南校)に進学できる。

しかし、江頭は無限の可能性にかけてみたいと思ったのでしょう。

攻玉社を経て、海軍兵学校に入学したのです。

そして成績は江頭安太郎がトップ、二番手が同じ佐賀藩出身の坂井彦次郎、そして三番目が山屋他人でした。

常にトップの江頭を抑えるために米沢出身の上泉徳弥はある秘策を考えました。

「クラスのみんなが一つの科目を受け持つ。各々が受け持った科目だけを必死に勉強して江頭のオールトップを防ぐ」という江頭攻略法です。

しかし、江頭はすごかった。

上泉は数学を担当しましたが、結局一度も勝てなかった。

それはみんな同じでした。

そして海軍兵学校第12期生は明治19年12月7日に卒業式を迎えました。

主席は江頭安太郎、二番手坂井彦次郎、三番手山屋他人

このクラスは兵学寮始まって以来の優秀な成績をあげていました。

この卒業式で江頭安太郎は明治天皇から白鞘の日本刀を一振り下賜されました。

御下賜の刀を頂いた江頭安太郎ってすごいぞ!

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1日でも早く雅子皇后とお呼びする日が来ますように!

>江頭安太郎は明治天皇から白鞘の日本刀を一振り下賜されました。


凄い! 凄いとしか言いようがないほど凄い!
明治天皇から日本刀を下賜されたとは!

それは明治天皇が
「江頭安太郎は朕が統べる大日本帝国を守る人物である。」
と認めて国内外に宣下したようなもの。

その子孫が江頭優美子さん。
そして江頭家と山屋家が認めた男が小和田恆。
その令嬢が平成の皇太子妃殿下。



ハッキリ言わせてもらおう!

正田美智子なんか、美智子皇后なんか、雅子妃殿下の足元にも及ばない!

礼宮との婚約決定前は「側室ですらなれない。」と言われた川島紀子は、紀子妃は論外だ!

ブレインって頭でっかちの使えねぇ〜ヤツって意味だよ()

名無しへ

> ブレインって頭でっかちの使えねぇ〜ヤツって意味だよ()

頭脳っていう意味だよ!

めちゃくちゃ頭がよかったからね。

名無しモノ知らず。

ブレインと言うのは、
「浅利慶太は、中曽根総理大臣のブレインだった」
てな使い方をするんだよ。
日本語では「懐刀」と言う。
懐刀…読める?あはは。

名無しの馬鹿へ

>ブレインって頭でっかちの使えねぇ〜ヤツって意味だよ()




使えないヤツとは、

■ 経済学が専門のはずなのに、学生に経済を教えるのではなく、学生を同和地区に連れて行ったりする老人。

■ 将来の何とかの祖父なのに、トップになれなかった老人。

■ 世界から NO! と何年間も突きつけられていたのに、全く何もしなかった某組織の総裁。

■ 組織の方向を決める重要な理事会に出席しなかった総裁。


という人物のことを言います。

こういう人物こそを 「使えねぇヤツ」 と言います。



晶子さまへ

晶子さま、言っちゃうね~

カッコいい!

学長どころか

>■ 将来の何とかの祖父なのに、学長になれなかった教授

川島タツヒコさんは、学習院の学長どころか、学習院大の経済学部長にすらなれなかった人ですよwよほど人徳ないんですね、タッつぁん。

本当に

雅子さま、辛かったでしょうね。
立派な御先祖さまと同じように誠実に努力して生きただけなのに、両陛下や宮内庁レベルを凌駕する学歴や語学力があるために、妬まれ苛められたのですから。

もっと平凡な人なら、目立ちたがりの美智子さんにもかわいがってもらえたでしょう。

生命倫理を軽んじるオツムの弱い人ならば、とっくに人工受精で男の子を量産し、リョーヘーカから気に入ってもらえたでしょう。

雅子様が生命を重んじる方で、愛子さまを大切に育ててくださる方で本当に良かったです。

東宮家に愛子さまが産まれたのは、天命だと思っています。
愛子さまにも、御先祖の誠実に努力するDNAが受け継がれています。

親しみやすい皇室といって、秋篠宮レベルをもってこられても…。
それって国民を馬鹿にしていませんか?


雅子様が皇太子のお妃になってくれて本当に良かったと思えるお話でした。


プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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