めちゃくちゃ大変だった三笠宮家

キーコさまは年がら年中、「うちには金が無ーい!」とその名の通りキーキー言っています。

キーコさま、キーキー言う前に三笠宮家の苦労話を学びなさいな。

ライブラリーさまコメント

三笠宮家は、戦後間もない時代に5人のお子様を育てなければならなかったので、本当に大変だったそうですよ。

別のブログにも書かれてましたが、高円宮さまは、普通に兄のお古を着ていたとインタビューでも仰ってました。
それから、雨の日にはうちの中にずらっと洗濯物が干してあった、とも。
「世間の人が考えているような生活ぶりでは全くなかったですよ」と笑いながら仰っていました。

昨年亡くなられた桂宮様の記事では、(ウロですが)大学時代だったか、「ヴァヤリースオレンジのジュースが冷蔵庫に入っているのが贅沢だった」と仰ったことに記者が驚いたということが書かれていました。

まだ、今ほど日本が豊かでない頃でしたから、本当に大変だったと思います。

それから、三笠宮家は東京の大崎にずっとご自宅がありました。
銀行の重役だか頭取だった方の邸宅を、敗戦後、お手元に残ったお金で買い求めてお住まいだったとか。
そこそこ立派な邸宅とはいえ、一般住宅にお住まいだったんですよ。

お子様方はそこから学習院に電車で通学していました。
それから、三笠宮さまは、東京女子大などいくつかの大学で教鞭をとっておられましたが、満員電車で普通に通勤していました。たしか通勤風景を撮影した写真もあったと記憶しています。

「公務」が仕事だったのではなく、ちゃんと本来のお仕事を持っておられたわけです。
宮家というのは、本来そういうものだったのでしょう。
跡取りではない、次男の桂宮様はNHKで、三男の高円宮様は国際交流基金で勤務していました。
(高円宮様が宮家を創設した際、宮家の三男が更に宮家を創ることに、一部学者から、それは原則に反する、おかしい、として批判もありました。戦前は、宮家の跡継ぎでないものは、天皇と一定以上の血縁の距離ができると、臣籍降下するのが当然でしたからね。)

むしろ、皇族としての特別な扱いは、日本が経済大国になってからだと思います。
三笠宮様が大崎から御用地内に引っ越されたのも、その頃です。

まあ、時代が違うとはいえ、紀子さんは明らかにおかしいですよね、
そもそも、使用人を雇えるような家庭環境で育った娘さんじゃありませんし。

お金の無心を恥じないというのも呆れますが、おそらく、東宮家よりははるかに自由にお金を使える環境にあるはずなのに、なんで足りないんでしょうね?
私は昔から、紀子さんの実家に多少流れてるんじゃないのかな、と疑っています。
婚約の際の諸儀式に必要な親の衣装代まで、皇室サイドがまかなっていたらしいですからね。


コメントありがとうございます。

キーコさま、美智子さまの真似ばっかりではなく、三笠宮さまの真似をしなさい。

徳川家康は「学ぶは真似るから始まることだ」という言葉を残しましたよ。

他の宮家の方々はこのキーキー騒ぐキーコさまが采配を振る秋篠宮家をどう思っているんだろう。

露出狂内親王とかも含めて。

他の宮家に仕えている職員の人も秋篠さんちをどう思っているのかな?

ちょっと聞きたい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

極めて異例

秋篠宮家を支持する変な日本語を使う人達は、秋篠宮家が実質東宮と申しておりますが、全くとんでもない話です。
長い長い二千年の皇室の歴史の中で、皇位継承は男系男子限定、女性排除だのは明治以降のこと。
母親の身分に関わらず親王内親王なんて、第二次大戦以降のことです。
皇室とは限らず、江戸時代の大名とて生まれた子供の立場は母親の力により身分に差が出ました。誰彼問わず男子!なんて、九州の下級武士の作った政府らしいですね。明治政府。
光格天皇は、直系内親王との婚姻を条件にやっと後桜町女帝に即位を許してもらえた傍系だし、この光格天皇が今の天皇の直接の先祖です。
そもそも親王は、親王宣下を受けなければなれない身位だった。保元の乱を起こした以仁王は母親の身分賎しく親王になれなかった。
天皇の息子達が臣籍降下して賜った源氏姓。源義朝の三男頼朝がなぜ長男義家を差し置いて跡取りとされたか。母親の身分です。
だから、わかりますか。
自分の家もなく、成婚の費用もなく、ピンクのバケツで墓参りする女性の子供が生まれながらに内親王と呼ばれ、息子に継承の資格が与えられること自体、極めて異例の事態なのですよ。
いないいないばあ8才では、即位どころではないですがね。

桓武天皇も異例の天皇です。

>母親の身分です。



桓武天皇も、母親の身分が低かったの、本当なら天皇にはなれなかったんです。

桓武天皇の母親は渡来人の子孫だったので、つまり身分が低かったので、天皇になれるはずなかったのです。

詳細は日本史教科書を読んで下さい。

この話を持ち出すと「渡来人とはいえ帰化して何代も経っているから日本人だ。」「百済王の子孫だから渡来人とはいえ身分は高い。」という反論が出てきます。

でも、桓武天皇の生母は渡来人の子孫という理由で身分が低かったというのが史実です。





>自分の家もなく、成婚の費用もなく、ピンクのバケツで墓参りする女性の子供が生まれながらに内親王と呼ばれ、息子に継承の資格が与えられること自体、極めて異例の事態なのですよ。



全くもってその通りです。

側室にすらなれない身分の女性が生んだ息子に誕生した瞬間から皇位継承権を与えられるなど、長い皇室史から見たら異例中の異例なのです。


プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR