学習院OGが語る学習院職員宿舎の思い出

前記事で筆頭宮妃さまのズべ公っぷりをご紹介しました。

筆頭宮妃さまと言えば団地から皇室入りした前代未聞宮妃さまです。

筆頭宮妃さまのご実家学習院職員宿舎をご存知のさくらの記章さまからコメントを頂戴しました。

学習院職員住宅の記憶

小和田お母様と雅子様の、外務省職員宿舎でのお写真。
とても上品で誠実な感じですね!

学習院職員住宅の記憶について書きたいと思います。
私の初等科の同窓生に、学習院大学助教授のお子さんがいました。
そこに遊びに行った時の思い出です。

初等科の頃、お誕生会のおよばれで行ったら、庭が3つある和風なお家だったり、プールがある洋風なお家だったり、ということもありました。
ずっとずっと庶民的な家に住んでいた私ですが、恥ずかしいと思った事はありません。

当時は学習院に、安部能成の「正直第一」や、乃木希典の「質実剛健」の教えが生きておりまして、贅沢ばかりではいけないし、質素なのは恥ずべき事じゃないと教えられていました。

学習院の先生の社宅は、大学の先生のものも、付属の小中高の先生のものも、乃木希典の伝統か、とても小さかったです。

目白にある学習院職員住宅は、当時「学習院アパート」と言われていたように記憶しています。
お友達の一家の住む部屋に行ったら「わあっ狭い」と思いました。

しかし、その狭い部屋部屋の壁一面にお父様の研究書がずらっと並んでいて、宿舎はどこも片付けられていて、ちょっと荘厳な気持ちになりました。
そして、子ども達は、広い学習院の敷地を駆け回っていて、「こういう生活が正しいのかも?」と思ったりしました。


松下村塾は八畳間一つだったとか、西郷隆盛は着物を一枚しか持っていなかったとか、そういう話がまだ絵本でも読まれていましたし。
それでも、大人になって冷静に思い返すと、学習院は教員の住宅事情に「無理」を強いていたとは思いますが。

・・・そして、後年、川嶋紀子さんの件で、学習院職員住宅がクローズアップされたわけですが。あのだらしない雰囲気、あわれな感じの生活臭・・・、記憶にあった学習院職員住宅=お友達が住んでいた宿舎とは、ぜんぜん違うものでした。

学習院職員住宅と、そこに住んでいた人達の名誉のために言いたい!
3DKだから、やさぐれた感じで貧乏臭いんじゃない。
川嶋一家が住んでいたから、あんな雰囲気になっていたのです!!


さくらの記章さまありがトンガ!

学習院職員宿舎は元々若い職員さん向けの住宅で、川島さんちみたいに子供が大きくなったのに居座るなんて普通の感覚ではありません。

筆頭宮妃さまの父上は大学教授です。

ですが、家に本が置いてある写真がない。

あの一家なら本が置いてあるなら自信満々に「学者の家系ですから」と婚約内定した時からバンバン写真を撮らせただろうね。

まあ、娘の七光りを使っても学長どころか学部長にもなれなかった人ですからね。




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今になって見ると正田家も、、、

さくらの記章さんの話を読んで、今になって正田家を見ると、当時はハイソでハイカラでしたが、どことなく、だらしないです。

美智子さんが和服で暖炉の前で立っている写真がありますが、その足元のカーペットはシワが寄っていて、なんだか薄汚いような、、、カーペットではなくラグマットみたいな、
テーブルにかけられたクロスは安っぽいような、
飾り棚に見えるけれど、そこに置かれた物は無造作だし、絵画は床に置かれていたり、

家としての器は良いのだろうけれど、何だか片付かずにゴチャゴチャしているように見えます。

物を大事にしているのとは違うように見えるのは、住人のセンスが無いのかな、、、と想像しています。

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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