小和田優美子さん&山屋寿々子さんもすごい人だった

オッス オラ 会ったこともない栃木県民から「出て行け!!ばーーーか! 日本からでていけ!! きもいよお前」と韓国人呼ばわりされたヘカテ―!

今まで大阪ばっかりでしたが、栃木県からコメントが届きましたよ。

神奈川生まれの父さんと神奈川生まれの母さんの間に生まれたヘカテ―

ご先祖様も日本人だっちゅーの!

さーて、そんな愚痴はこの辺でおしまいとして

こんなコメントを頂きました。

雪の華さまコメント

才色兼備の母とその系譜
雅子さまのお母様について、数年前の日本経済新聞の「私の履歴書」で、スーパー歌舞伎を創り上げた歌舞伎役者の市川猿翁さん(俳優の香川照之の父)が、書いていました。

猿翁氏も慶応大学の出身で、若いころには歌舞伎とは異なる演劇にも関心を持ち、大学の演劇部での芝居にも熱心に取り組んでいたそうで、その当時、演劇部員の憧れの存在であり、高嶺の華だったのが同部員だった江頭優美子さん、つまり現・皇太子妃のお母様であったと書いてありました。

当時から才色兼備で有名だったようですよ。

この雅子さまのお母様の祖父が山屋他人海軍大将なのは有名ですが、ご両親である江頭豊氏と山屋寿々子さんの仲人が、昭和天皇の侍従長であった百武三郎氏(この方も元海軍大将)であることも、見逃せませんね。

雅子さまの母方は、明治初期に海軍予備門(今の海城学園)を創設した古賀喜三郎氏から始まって、皇族と交流のある先祖が複数おられるのに、全く報道されないのは、本当に不自然で異様です。
マスコミは美智子さんの怒りを買うのが恐ろしいのでしょうね。

明治、大正、昭和の3代の天皇に仕えた母方ご先祖あっての雅子妃殿下です。

縁もゆかりもなく、突然、皇室に殴りこんできた美智子さんとは全く違いますよ。


優美子さんもおきれいな方ですが、優美子さんのお母さまの寿々子さんも美人です。

県人令嬢かがみ
岩手県の『新岩手人』という雑誌に郷土出身の著名人のご令嬢を掲載した「懸人令嬢かがみ」で掲載された山屋寿々子さん

本文
山屋寿々子さんは盛岡出身海軍大将山屋他人閣下の第五女、大正五年九月麻布木村町に生れた。今年芳紀二十歳、鳥居坂の麻布小学校に五年まで、それから四谷の双葉女學院に転じ、同院の小學校、高等科を経て女學校を昨年卒業すぐ麹町の玉成學院に入學本年卒業した。お琴は母堂の手ほどき、料理、裁縫がお得意で活花は池ノ坊本派を學んで殊の外熱心である。
(『山屋他人Who's who ―小和田雅子さんの母方の曽祖父像ー 岩手の偉人シリーズ』 平成5年2月25日発行 盛岡タイムス社編集・発行)

玉成学院とは現玉成保育専門学校で、保育園と幼稚園の先生を育成する学校です。

『新岩手人』は戦前の月刊誌で、県内外の、特に県外の岩手県人向けの雑誌でした。

山屋寿々子さんのお兄さん山屋太郎さんは海軍中佐となられ、伏見宮博恭王付武官となられました。

すごいぞ山屋家!

山屋他人が海軍大将となり、横須賀鎮守府長官に任じられ横須賀長官官舎に引っ越した時のエピソード

広大な敷地には門があり、常に番兵の水平がいました。山屋一家が出入りするときは「捧げ銃」をしました。
外国の艦隊が横須賀に入港すると、必ず山屋家に表敬訪問しました。そして、ガーデンパーティーが開かれました。

山屋寿々子さんは東郷平八郎元帥にお会いされています。
その時、当時双葉女学校に通っていた14歳のかわいい女の子でした。
東郷元帥は手招きして「ここに座りなさい」と膝を叩きました。
そこへ寿々子さんがちょこんと座ると、元帥は寿々子さんの手を握り、背中をなでてくれました。

(参考文献 藤井茂著 『山屋他人 ある海軍大将の生涯』 平成6年4月発行 盛岡タイムス社発行)


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ヘカテーさん、応援しています!

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日本語が不自由なアンチからの攻撃なんかに負けないで!


でも、アンチが攻撃すれば攻撃するほど、こちらは新聞記事や写真で、アンチが言うことは間違っていてウソばかりだと分かってゆく。

今回は栃木県にいるアンチが馬鹿こいている。
思いっきり嘲笑ってやろうぜ!

そんなアンチが大好きな、あの秋篠一家。
紀子の御先祖について立派なエピソードは・・・無い。全く無い。
せいぜい御先祖に大阪市長がいるだけで、他には国のために何かをしたという話は無い。

アンチお得意の捏造で、紀子の御先祖さま爆ageすればいいのに出来ない。爆ageできる材料が無いから。

アンチの馬鹿コメントは「紀子は宮妃になれるような女じゃない」という確認になっている。



ヘカテーさん、アンチの馬鹿コメントなんか気にするな!
応援しているよ! 

昭和天皇と一緒に相撲観戦

福田和也著「美智子皇后と雅子妃」(p112~114)によると、雅子さまのおばあ様の寿々子さんが東郷元帥に会われたのは、海軍記念日の水交社での天覧相撲の観戦が終わった後です。

つまり、海軍の幹部、OBやその家族たちとともに、若き日の昭和天皇も一緒に相撲を観戦なさっていたのです。
昭和天皇と子供時代の寿々子さん、近くに座っておられたかもしれませんね。

父の山屋他人は、元上司の東郷に「50の恥かきっ子ですよ」と娘を紹介した(もちろん、夫人との間のお嬢様ですよ、念のため)と、寿々子さん自身が「東郷元帥のおひざ」というエッセイで書いておられ、ヘカテー様がご紹介の上記の元帥との楽しいエピソードをつづっておられます。

福田和也氏は「昭和天皇の姿を間近に見、日本海海戦の英雄の膝にのったという体験は、かなり特権的なものであることは言うまでもない」と書いています。


この寿々子さんはずっと四谷の双葉で学んでおられるようですが、たしか、年の離れた長姉のハツさんとおっしゃるかたは、女子学習院に通われていたと何かで読んだ記憶があります。

妹の寿々子さんと同様、名家の令嬢を紹介する書籍で取り上げられていたそうですよ。
やはり父同様、海軍軍人と結婚し、岩下保太郎海軍少将夫人となっておられます。
また、ご結婚後、宮家にも御用を仰せつかって出入りなさっていたとか。

当時は、皇族のお付武官や御用を仰せつかるような立場は、華族及びその親族、或いはそれに準じた階級の者に限られていましたから、当時の山屋家の位置づけがうかがえます。

まあ、こうしたことすべてが、美智子さんには気に入らないのでしょうね。











日本語が不自由なのはどちら?

栃木県なんて東宮ファンの多い土地なのに

2ちゃんの例だけど、日本語が変なのは明らかにアンチ
特に印象に残ったのは「義損金」
「ぎえんきん」と打てば自動的に義捐金と出る。
読めないんだ。
でも何となく似た字を知っている。どういう人か想像がつく。

「ひとつ返事」には驚いたけど、調べたら間違えてる人が多いそう。
言葉を本で読んで覚えるのでなく、同じレベルの仲間とのおしゃべりで覚えた人。
文を読めば教養レベルが解る。
キコさん、もうちょっとまともな人を雇いなさいよ。
あ、まともな人には相手にされないか…

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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