ごっつあんです!昭和天皇と相撲

敬宮さまのひいおじいちゃんは大の相撲好きで知られていました。

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もう子供の時からこんな感じでした。

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学習院初等科時代から大変相撲好きで、強かった。
「押しが得意で、足腰が思いのほかしっかりしておられたので、まともに押されると、なかなか威力があった」と当時の侍従の印象に残っています。

相撲を好きになった理由を
初等科の時代に相撲をたびたび取ったことが相撲を好きになったのだと思う」(昭和57年記者会見)と語っています。

初めて国技館に見に行ったのが明治42年の初等科二年生の時でした。
それから毎年4月29日の誕生日には赤坂の東宮御所、海軍記念日(5月27日)には芝の水交社などで大相撲を見物しました。

大正14年の誕生日には東宮御所で行われた大相撲で相撲協会に下賜金を与えました。そのお金で幕内優勝力士のために優勝カップを作り、「東宮賜杯(摂政賜杯)」として優勝力士に授与しました。

この優勝カップが,天皇に即位すると「天皇賜杯」となりました。現在も続いています。

相撲や戦後の混乱期で中断しましたが、テレビで実況が始まった昭和28年夏場所からテレビで観戦を楽しむようになりました。昭和30年夏場所にはじかに国技館で見物、35年からは良子さまも一緒に観戦するようになりました。

見物客も、天皇の入場を知ると、いっせいに立ち上がり拍手を送りました。
相撲ファンと一体になる独特の雰囲気が醸し出されました。
(皇太子ご一家も同じですね)



戦前戦後合わせて51回も国技館に天覧相撲に赴いていたくらいの好角家だった昭和天皇。

「国技館で相撲をご覧になる時、陛下の人間味が一番赤裸々に出ていた」と側近の多くが言っている。

(参考文献『歴史読本』 1999年10月号)

昭和天皇御製(両国国技館正面入口脇に石碑があります)
ひさしくも  みざりしすまひ(相撲)  ひとびとと  てをたたきつつ  みるがたのしさ


昭和の大相撲 麒麟児VS富士櫻 の取り組みです。

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昭和天皇は贔屓の力士については質問されても決して明かすことはなかった。
贔屓の力士を言えば世間が騒ぎ色々な人に迷惑がかかると配慮したからです。
公平無私な昭和天皇らしいエピソードですね。

しかし、↑の動画を見て分かるようにお気に入りの力士の取り組みはものすごく身体を前に出すので、見ている人はすぐにわかってしまいました。

また、テレビ観戦は楽しみでも、午後5時を過ぎるまで絶対見ませんでした。国民の労働時間が終わるまで待ったのです。

http://www.jingukaikan.jp/kaikan/topics52_sumo2.html

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Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
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