女帝OKと阿川先生は書かれた

お噂スレで「亡くなられた阿川弘之先生は女帝OKって雑誌で掲載していたエッセイに書いてたよ」という書き込みを見て調べてみた。

ありました!
 
阿川弘之著『人やさき 犬やさき 続葭の髄から』 文藝春秋社 

『文藝春秋』で平成12年10月号から平成15年12月号の連載を一冊にまとめた本から見つけました。

「三つの光」という回に該当箇所がありました。

射して来たと感じてゐる三つ目の光は、雅子皇太子妃の御懐姙である。もしかするとこれが一番大きい。お生れになるお子さんが親王であらうと内親王であらうと、必要なら皇室典範を改正すればすむことで、二十一世紀後半、日本は第百二十七代目の女性の天皇を元首にして、エリザベス朝ヴィクトリア朝の英国のやうな、未曾有の繁栄ぶりを見せてゐるかも知れない。仮りに、江戸時代の後桜町天皇以来三百年ぶりの女帝の世となつて、日本がその頃、何処の国とも対等につき合へる自信を取り戻してゐたら、人々は半世紀前の政局の混迷を何と評するだらう。

(ちなみに一つ目の光とは台湾の李登輝元総統に対するビザの発行。二つ目が小泉純一郎内閣の誕生)

すごいな。

阿川先生既にご高齢だったのにものすごく進歩的で合理的な考えをお持ちですね。

実は阿川先生は雅子さまが皇太子妃に決まった時にこんな文章を書いています。

「五代の慶事」『文藝春秋 1993年3月号』

雅子さんについては、直接存じ上げない家のお嬢さんなので、さういふ個人的な思ひ出も無いわけだが、海軍の山屋他人大将、江頭安太郎中将がいづれも曽祖父にあたるとか、前々から聞いてゐて、ホホウといふ気持であつた。つまり、聯合艦隊司令長官或は海軍省軍務局長として、明治天皇大正天皇の御信任篤かつた提督たちのひまごが、皇室に入つて、やがて次の次の代の天子さまの母親になられるのである。その血すぢのせゐか、ハーバード、オックスフォードに学ばれた経歴のせゐか、世評通り聡明で、ものの考へ方の非常に合理的なお嬢さんといふ感じを受けた。


なぜ雅子さまに対して優しいのかと言うと、理由の一つに阿川先生が海軍に入隊していたことが上げられるでしょう。
だから山屋他人海軍大将も江頭安太郎海軍中将もご存知だった。

戦争を知らない我々以上に大将と中将の地位がどれほどの権威があるのかを知っている。
要するに高松宮妃喜久子さまと同じですね。
喜久子さまもご夫君である高松宮さまが海軍の軍人でしたから。

もし、昭和天皇がご存命だったら「おお、御用掛だった山屋のひ孫か。懐かしい」と思い出されたでしょう。

戦争を知らない我々以上に大将と中将の地位がどれほどの権威があるのかを知っている。
要するに高松宮妃喜久子さまと同じですね。喜久子さまもご夫君である高松宮さまが海軍の軍人でしたから。
あとおじいさまの有栖川宮さまが雅子さまのご先祖さまと交流がありました。

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意外

お嬢さんの佐和子さんのエッセーなんかを読んでいると、美食家で、でも昔の男性らしく男尊女卑なところがあって・・・なのかと思っていました。
まあ、海軍さんって基本スマートですからね。

>お生れになるお子さんが親王であらうと内親王であらうと、
>必要なら皇室典範を改正すればすむことで、
>二十一世紀後半、日本は第百二十七代目の女性の天皇を元首にして、
>エリザベス朝ヴィクトリア朝の英国のやうな、未曾有の繁栄ぶりを見せてゐるかも知れない。

敬宮さまがお生まれになる前に、これをおっしゃっていたのが素晴らしい。
男系だからとか、男子だからということで日本人は皇室を崇めてきたわけじゃないんです。

>つまり、聯合艦隊司令長官或は海軍省軍務局長として、明治天皇大正天皇の御信任篤かつた提督たちのひまごが、皇室に入つて、
>やがて次の次の代の天子さまの母親になられるのである。

実際に読んではいませんが、阿川弘之は『米内光政』という本を書いています。
米内は、山屋他人の葬儀委員長ですね。

天子さま

阿川先生流石なお方です。
天子さまをお産みになる。
それは雅子妃殿下お一人。

愛子さまお一人が天子さま。
それを多くの国民は知っています。

素晴らしい視点

改めて、阿川弘之氏の御冥福をお祈り申し上げます。

阿川氏、非常に的確で素晴らしい論評を書いていらしたのですね。亡くなったのを契機にもう一度阿川氏の文章が脚光を浴びることになるといいなあと思います。

阿川氏のコラム

>海軍の山屋他人大将、江頭安太郎中将がいづれも曽祖父にあたるとか、前々から聞いてゐて、

>つまり、聯合艦隊司令長官或は海軍省軍務局長として、明治天皇大正天皇の御信任篤かつた提督たちのひまごが、皇室に入つて、



この文芸春秋の阿川氏のコラムを読んだに違いない当時の美智子さん、キーッとヒステリーを起こしたでしょうね。
どんなに努力しても得られない先祖の皇室とのご縁。

(ちなみに、この雅子さまの二人の曽祖父が、国家の中枢で活躍していたころ、まだ美智子さんの祖父の正田貞一郎氏は、館林で、本家の醤油屋を手伝っているというような状態です。)


だから次第に、雅子様が現代的なキャリアウーマンだとか、高学歴とか、ファッションセンスとか、父親やその兄弟も全部東大卒の官僚だとか、そういった、「今、現在」の話ばかりがマスコミを席巻し、あたかも、エリート外交官である小和田恒氏の娘で、ご本人もとても優秀で容姿にも優れているから皇太子妃になった、というストーリーになっていきました。

皇室との関わりが何もない、自分と同じ「民間出身の娘」という印象を国民に植え付けようとしたのでしょう。

実際、それはかなり成功していたと思います。

でも、当然のことながら、一定の歴史観がある人は、お妃になった根拠、由来、ご縁というものにちゃんと着目するものです。

実際、雅子様だって、こういうご先祖がいないと、皇室になんてお嫁には行かなかったはずです。

そうやって考えると、まだまだ身分というもの、家柄というものが社会全体に残っていた昭和30年代に、皇室に乗り込んでいった美智子さんというのは、本当に恐ろしい女性だな、とつくづく思います。







プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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