終戦を迎えた天皇へのねぎらいのクッキー

読者のSさまから貴重な良子さまの写真を頂戴しました。

ご紹介します。

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戦争中は良子さまも大変な暮らしをされました。
3月10日の東京大空襲では主馬寮本館、吹上大池のあずまやが焼け、
4月13日の空襲では大手門、消毒所、賢所、参集所などが全焼。逃げ遅れた職員が受話器を持ったまま焼死体で発見されました。
5月25日の空襲では、貞明皇后の住まいの大宮御所、継宮の東宮御所、義宮さまの青山御殿、秩父宮さまの表町御殿、三笠宮さまの青山東御殿が全焼しました。
皇居は一発の爆弾も焼夷弾も落ちずに済みましたが、山の手一帯を焼いた炎の火の粉がお濠を超えて飛び込みました。明治宮殿は全焼。この夜だけで皇居の職員や警察官33名が殉職。
孝宮、順宮、継宮、義宮、清宮は疎開。
物資不足のギリギリの状態の中、「疎開先の子どもたちへ衣類や食物を届けたい」と願うもなかなか思うようにかなわないことも多かった。
宮殿が焼けてからは御文庫暮らし。

心労で体重が落ちていく昭和天皇を心配する毎日。

食事も質素。

そして8月15日終戦

昭和天皇の長い間の苦労をねぎらうために良子さまは残り少なくなった小麦粉、バター、砂糖を使ってクッキーをお作りになった。

明日をも知れぬわが身となった昭和天皇と良子さま

戦後も食糧不足が深刻でパンはトウモロコシの粉やふすま入り、すいとんも召し上がる。

吹上御苑の庭を畑にして野菜作り。

鶏も飼った。

卵を生ませて貞明皇后や各宮家にお届けする。

(貴重な栄養源になりました)

夏が過ぎ、秋になると引揚げ者のことが心配になる。

良子さまは女官たちに焼け残った布を集めさせ、ご自分が先頭に立って毎晩遅くまでふとんや重ね着の針仕事をされました。

女官は語る。

「皇后さまのお仕立てになったものは、縫い目がしっかりしていて、ていねいな仕上がりなので、ひと目でわかりました」

引揚げ者には皇后が作ったとは知らせずに渡しました。

こんなお方を意地悪姑呼ばわりする平成ってやっぱり変!
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そして美智子さんによる、良子皇后さまへのイビり。

「国民がまだ苦しい生活をしているのに、新しい宮殿を作るなどもっての他。
ここ(御文庫)でよい。」
とおっしゃった昭和天皇と香淳皇后。

そのお気持ちを理解できない皇太子明仁と美智子さん。
自分たちは、美智子さんの希望をふんだんに取り入れた東宮御所を作らせた。

自分の希望を出したその時、美智子さんはまだ平民の身分だった。

昭和天皇と香淳皇后はボロ屋に住んでらっしゃること全く気にしていなかった。

良子皇后さまは嫁イビりなどしていません。
美智子さんが良子皇后を悪者に仕立てていたのです。

終戦記念日になると、昭和天皇を蔑ろにして悪者に仕立て、今上と美智子さんを立派だとするマスコミにはうんざりです。






プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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