俺は日本一の美人と結婚するぞ!と言った明仁皇太子

『プリンス浩宮』という本に書いてあったこと

若き日、皇太子は「日本で一番きれいな人をお嫁さんにするんだ」と友人に話した。
「旧伯爵家以上の家庭が対象になる」と皇太子自身が語ったこともあるという。
だが、旧皇族、旧華族を対象としたお妃選考が難航すると、一転して
「どこもダメだ。一生、結婚できないかもしれない」と、
青年皇太子は絶望の淵に追い込まれる。
やがて小泉信三氏が「新しい血の導入」を考え、極秘に都内の主要女子大に推薦を依頼。
聖心から正田美智子さんの名が挙がってくる。
”テニスコートの恋”はこれとは別に並行して進み、紆余曲折はあったものの、
二人は結ばれるのである。


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皇太子とは明仁皇太子です。

(この本が出版されたのは昭和)

最初は「旧伯爵家以上の家柄で日本一の美人を妻にしてみせる」と豪語していましたが、

ご存知の通り根性と性格と頭が悪かったので旧皇族と旧華族の女性から逃げられました。

そりゃ自分の為の大学を卒業できなかった最終学歴高卒の人と結婚したくないもん。

北白川さんで決まりとなっていたのに正田美智子嬢に決まったのは既にこのブログで記事にしましたね。
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俺は日本一の美人と結婚するぞ!と言った明仁皇太子



はっきり言わせていただく。


伴 侶 に 美 貌 (だけ) を 求 め た 継 宮 明 仁 っ て の は、

救 い よ う の な い 大 馬 鹿 野 郎 だ !



そしてこの写真の正田美智子。

口元は笑っているけれど、目が恐ろしい!

顔の上半分だけで見るといい、本当に恐ろしいから。



俗物

昭和の皇太子を一言で言い表すとしたら「俗物」です。
昭和天皇と香淳皇后の子供なのに、何であんなのができちゃったんだろうと思うのですが、なぜでしょうね。
やっぱり教育でしょうか。

>北白川さんで決まりとなっていたのに正田美智子嬢に決まった

なんだかこれも「だから、常磐会は美智子さまに嫌がらせをした」って書きたいがための嘘なんじゃないかと思えてきました。
だって、昭和の皇太子のところに行く気になるかなあ。
もうありとあらゆることが嘘くさく思える最近です。

一言






       得 意 満 面 の 笑 み で す ね

 

プロポーズされて悩んでました、なんて 嘘だった って丸わかり

容姿なんて後回しでいい条件なのに

皇太子妃や皇后になる女性で一番重要なのは、「人柄」「性格」「人望」「聡明さ」という中身なんじゃないかと思います。その後に「家柄」であり「容姿」は優先順位としてはかなり後でも構わないでしょう。
その点、雅子様はある意味完璧な条件をお持ちになられた女性であると考えます。

美智子さんはお若い頃は確かに美しかった時もありました。しかし今にして思えば、モデルや女優のような最先端ファッションやお姫様ドレスでかなり誤魔化されていた点もあるということに気付いてしまいました。そして今ではあの御面相…今の美智子さんに残されているものって、一体なんなんでしょうかね?

今見ると

そんなに美人じゃないね。

昭和の時代は毎週毎週週刊誌のグラビアを飾り、記事でも絶賛されてたから、すっかり「美智子さまほど美しい方は日本にいない」と洗脳されてたよ。
今や見る影もないし。
そこらの御老人の方がよほど身ぎれい。

この顔!

ついついこのミチコさんの画像を出したままにしていたら
ふとPCをチラ見したムスメが一言。

「なにこの人、こわーい」

子どもは正直ですな。

松平信子さんが一番お気の毒

大雑把に時系列にするならこんな感じでしょうか。

明仁皇太子は美人の旧華族からお妃を欲しがっていた。

不自由な皇太子妃のち地位を嫌ったり、何より明仁皇太子の出来の悪さ、性格の悪さが上流階級に知れわたっていたため、旧華族の令嬢は次々と婚約したり、体よくお断りしていた。

それでも松平信子女史や、常磐会はお妃候補を探そうと奮起する。
⇔一方で黒木従達や、小泉信三は民間人のお妃候補を画策する。
※ちなみに江頭優美子さんは、どの過程でお妃候補として挙がったんでしょうね?ちょっと興味深いです。

都内の女子大から候補者を募る。正田美智子の名前もあった。(一応聖心の主席)

(正田家が野心を抱く?)

いわゆる「テニスコートの恋」。
明仁皇太子はまんまと正田家の策略に引っかかる。

松平女史の尽力により、北白川肇子さんでほぼ決まりになっていた。
そこへ突然、何の話もなく「皇太子妃は正田美智子で決定」の発表。

何も聞かされていなかった松平女史も、ほかの妃殿下方も怒り心頭。

反対運動があったものの、無事に正田美智子は皇室入り。
正田家は閨閥を広げていく。

調子に乗った明仁皇太子は、女性週刊誌(!)に、「国民とともに歩む皇太子妃が必要だった。旧華族の女じゃそれは出来ん」と、ふられまくった旧華族の令嬢たちをディスる。

お気の毒なのはやはり、松平信子さんですね。
自分の出来が悪いのを棚にあげ、旧華族がいい、美人がいいとダダをこねた昭和の皇太子。
彼女が危惧したように、この皇太子妃は皇室をメチャメチャにし、悪びれるどころか入内に反対した香淳さまや妃殿下方を逆恨みし、悪人にしたてあげた。
上流階級を敵にまわしたつけは、娘がなかなか結婚出来ず、冴えない地方公務員と結婚。
次男の嫁は肉体でのしあがった、育ちの悪いとんでもない女。
唯一出来がよく、自分が育てていない完璧な長男は完璧なお妃を選んだ。
あろうことか、心優しく優秀で美人の皇太子妃をいじめぬいた。
そしてそれは世界中に知られることになる。

松平信子さまは、草葉の陰でお嘆きでしょう。
「あぁ、何としても粉屋の娘を皇室に入れるなど、許してはならなかった!死んでも反対するのだった!」と。

ベアトリス さま

美智子さまは聖心女子大学の主席ではありません。

プレジデントという学生の自治会の会長をしていたから卒業生代表として卒業証書をもらっただけ

ぶっちゃけ、普通の成績です
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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