欧州初の黒人プリンセス アンヘラ妃

ヘンリー王子のお妃となるメ―ガン・マークルが黒人系初のイギリス王室メンバーとなる

と話題になってますね。

(そういえばヘンリー王子と同じく次男坊である秋篠さんちが結婚式に呼ばれてねーな―)
(皇太子ご夫妻はウィリアム王子の結婚式に招待されましたが、東日本大震災が発生した為欠席されました。あと一年結婚式が早ければと思うと残念でならない)

欧州王室初の黒人系プリンセスはメ―ガンではなく、

リヒテンシュタインのアンヘラ妃なのだ。





パナマ出身のアンヘラ・ブラウン(Angela Brown)妃はリヒテンシュタイン公ハンス・アダム2世とマリー妃の第2子であるマクシミリアン公子と2000年に結婚されました。

マクシミリアン公子はハーバードビジネススクールで学んだこともある方でLGTリヒテンシュタイン銀行のCEOを務めていらっしゃいます。

ヘカテーが非常に驚いたのは欧州初の黒人系お妃を迎えたのがリヒテンシュタインということです。

リヒテンシュタインと言えば超保守的な国で女性参政権が認められたのが1984年で、欧州の王室でただ一つだけ残った男系男子継承の国なんですよ!!

11世紀に始まったリヒテンシュタイン家の家系図に載っているプリンスは今では600人でそのうち250人が名前にリヒテンシュタインを付けてます。

だから男系男子継承が出来る。

家系図を見ると前公の又従兄弟とかが次の公になったりしてます。

最後の絶対王政の国と言われ、憲法でも侯の発言は政治的に認められてますし、リヒテンシュタイン家は経済的に自立してるので国民の意見なんて聞く必要はないし、

リヒテンシュタイン侯国の国家財政イコールほぼリヒテンシュタイン家のポケットマネーなので国民は逆らえません。

国連からも「男女差別」と指摘されてますが、

リヒテンシュタイン家の伝統に過ぎないから変える気はないとハンス・アダム2世は答えてます。

そんな超保守的な国が黒人のお妃さまを迎えるということにびっくりです。

まあ跡取りであるアロイス侯世子に3人も男の子がいらっしゃるから認められたのかもしれません。

次のリヒテンシュタイン侯となるアロイス侯世子のお妃ゾフィー侯世子妃はバイエルン公の娘で、最後のバイエルン国王の玄孫です。

このあたりはヘンリー王子と一緒ですね。

お兄様のウィリアム王子に2人もお子様がいてさらに3人目が生まれるのでまずヘンリー王子に王位が回ってきませんから。

日本の皇室を反面教師にした英国はキャサリン妃の出産前に男子優先継承から男女関係ない直系長子継承に変更しています。

本当に地味だったヘンリク王配の葬儀

ヘンリク王配殿下の葬儀



本当に地味でびっくり

欧州の王族はスウェーデンの王女がデンマーク王室にお嫁入したり、ギリシャのお姫様がスペイン王室にお嫁入したり等で血が繋がってるし、キリスト教という大きな物で一つになってるから本当に親しい。

なのに外国の王族が一人も出席してない。

現国王の配偶者の葬儀としては本当に地味です。

2000年に崩御されたイングリット王太后の葬儀がこちら↓


ヘンリク王配殿下の遺志で近親者のみの簡素な葬儀となったとのことです。


ありし日のヘンリク王配殿下


パンダの着ぐるみを着て女王と出席者を驚かせるお茶目な一面があった。

ヘンリク王配殿下薨去

デンマーク女王の夫ヘンリック殿下死去、妻の隣の埋葬を拒否
2/15(木) 13:10配信  CNN.co.jp
(CNN) デンマークのマルグレーテ女王(77)の夫、ヘンリック殿下が13日、ジーランド島にある公邸のフレデンスボー城で、女王や2人の息子に看取られて死去した。83歳だった。
生前、自身の称号に対する不満から「妻の隣には埋葬しないでほしい」と意思表示しており、王室の伝統に反してこの遺言が尊重される予定だという。

ヘンリック殿下は昨年9月に認知症と診断され、今年1月には肺の感染症のため入院していたが、自宅で最期を迎えるため、13日にフレデンスボー城へ戻っていた。

フランスのボルドー校外で1934年に生まれ、在ロンドンのフランス大使館に勤務していた65年、当時のマルグレーテ女王と出会って67年に結婚した。結婚に当たり、女王の配偶者を意味する「王配」の称号が与えられたが、「王」の称号が与えられなかったことに対して不満を募らせていた。

王室の広報担当者は昨年8月、デンマークの大衆紙BTに対し、「殿下はデンマーク王室の中で与えられた称号に対して長年の不満を募らせていた。この数年で、その不満はますます大きくなっていた」と語り、「殿下にとって、女王の隣に埋葬しないでほしいという意思は、自分の配偶者と対等に扱われてこなかったことに対する当然の結論だった」と話していた。

女王も夫の意思を受け入れているという。

マルグレーテ女王は、死後はロスキレ大聖堂に埋葬される予定だが、ヘンリック殿下の埋葬場所は明らかになっていない。

王室一家は喪に服すため、3月14日まで社交行事や娯楽行事への出席を控える

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180215-35114758-cnn-int














プリンス・ヘンリクなので記事のタイトルを「薨去」としました。

なぜヘンリク王配殿下は不満なのかと申しますと

「女性が国王(KING)と結婚したら女王という意味もある(QUEEN)という称号が与えられる。なのになんで自分は国王の夫なのにPEINCEなの!しかも陛下って敬称が付かないし!殿下だし!」ということなんですね。

ヘンリック王配って誰?という方へ

フランス人の元外交官でラボルド・ド・モンペザ伯爵家の出身です。
1934年6月11日生まれです。
結婚前の名前は「アンリ・マリ・ジャン・アンドレ・ド・ラボルド・ド・モンペザ」です。
お父様の仕事の都合上でフランス領だったインドシナ(現ベトナム)で過ごされました。ソルボンヌ大学を卒業された後、中国語とベトナム語を学ばれました。
なので英語、フランス語、中国語、ベトナム語、デンマーク語が話せます。
駐英フランス大使館で書記官として働いてる時にマルグレーテ王女と出会い結婚。
スコットランドの知人の結婚式で始めてお会いされたお二人。。
マルグレーテ王女は初対面の時に余り関心がなかったのですが、ヘンリック王配は美人で魅力的なマルグレーテ王女に一目ぼれ。
宗教をカトリックからプロテスタントに改宗し、デンマーク風にヘンリックと名前を変えました。
1972年父王の跡を継ぎマルグレーテ王女が即位。
1000年以上の歴史を持つデンマーク王室初の女性国王が誕生しました。
ヘンリック王配ですが、デンマーク語が世界有数の難解さを誇るデンマーク語がいつまで経っても上手くならず「王配殿下のデンマーク語って今一つね」とデンマーク国民から言われた。
どれくらい下手だったのかと言うとマルグレーテ2世の次男ヨアキム王子の前妻アレクサンドラ・マンリー妃は結婚後すぐにデンマーク語を話せるようになり、「結婚して何十年も経つヘンリック王配よりもデンマーク語が上手」と言われました。
新聞社のインタビューに「妻があまりにも魅力的で大きな存在だから自分が目立たない」と愚痴をこぼすこともありました。
詩を書いたり、本を翻訳したり、公務にお見えになったりと活躍されてましたが、
2016年に全ての公務から引退されました。

竹田某は「ほら見ろ!女系の弊害がこれだ!だから女系はダメなんだ」とヘンリック王配を例に出しますが、

私から見れば「美人で知性的でユーモアがあってスポーツ万能で芸術センスもある女性と結婚出来て、しかも自分の血を引く子どもが国王になるのに何文句言ってるんだろう」と思いますね。

朝日新聞の報道によると
「遺体は火葬され、遺灰の半分はデンマークの海にまかれ、残りは王室の邸宅の一つフレーデンスボー宮殿の敷地内に埋葬される」
とのことです。




マルグレーテ2世
1940年4月16日生まれ
ナチスドイツがデンマークに侵攻した一週間後に生まれたマルグレーテ2世
父はフレデリク王太子、母はスウェーデン国王の娘イングリット王太子妃。
乳母車に載せられたマルグレーテ王女が空襲から逃れる為にコペンハーゲンを走りまわってる姿は国民にとってナチスドイツへの抵抗の象徴でした。
「赤ちゃんの王女さまも頑張ってるのだから私たちも頑張ろう」と思ったのです。
当時の国王クリスチャン10世(マルグレーテ2世の祖父)も占領下であってもナチスドイツに対して抵抗を示しました。

しかしクリスチャン10世の弟ハーラル王子の妻ヘレーネ妃はドイツ人であったことからナチスドイツと仲良し。
デンマークにナチスドイツがやってくると「いらっしゃーい」と一人で歓迎して、王族からも国民からも嫌われた。
ナチスドイツの軍人のパーティーには出るし、親ドイツ派の軍人が死ぬとその葬式に出る等の問題行動を起こしまくった。
ヘレーネ妃の娘はクリスチャン10世の次男クヌーズ王子に嫁いだ。
クヌーズ王子にヘレーネ妃は言った
「お父様にナチスの人間でもデンマーク政府の官職に就けるようにお願いして~」
クヌーズ王子マジで父王に言っちゃったんですね。
戦後、ヘレーネ妃の交際関係を管理してた従者がスパイ容疑で有罪になってます。
ヘレーネ妃も国外追放
デンマーク国民から見れば暴走する姑を止めなかった挙句それをアシストしちゃったクヌーズ王子も、その姑の血を引くクヌーズの子ども達も嫌い。

フレデリク王太子が即位しフレデリク9世となったのが1947年
フレデリク9世とイングリット王妃の間には3人のプリンセスがお生まれになった。
しかし王子がお生まれにならない。
当時のデンマークは1000年の歴史上一人も女王がいなかった。
クヌーズ王子が「Arveprins(法定推定相続人)」となっていた。
イングリット王妃にこれ以上お子様は無理になると国民は思った。

「問題:どっちが国王になって欲しいか?」
①赤ちゃんの頃からかわいらしくて、ドイツ占領下の私たちの抵抗のシンボルで、勉強にもスポーツにも頑張るマルグレーテ王女
②姑の暴走を止めるどころかアシストしちゃったクヌーズ王子と忌まわしいヘレーネ妃の血を引くクヌーズの息子たち

答え:①番(クヌーズは嫌だ!マルグレーテ王女が国王陛下になって欲しい!!!)

というわけで国民投票の結果、圧倒的多数でマルグレーテ王女が国王になれるようにと法律を変えることが決定。

1953年に憲法改定し、デンマーク王室は男子主義から男子優先へと変わりました。

ただこの時のマルグレーテ王女は13歳。

「私は普通の女の子として生活したい!」と泣いて嫌がられた。

その後、マルグレーテ王女は大きく成長される。

母国語であるデンマーク語以外に仏語、英語、独語、スウェーデン語を話され、5つの大学で哲学、考古学、政治学、法律学、経済学を学ばれた才女。
180センチを超える長身で女優レベルの美しさ
スポーツウーマンで柔道家
気さくでユーモアあふれる性格
芸術的センスもあってドレスのデザインや絵を描かれるとプロ顔負け

即位された時は31歳。
中世に「マルグレーテ1世」という女傑の摂政がいたので敬意を表したいとマルグレーテ2世と称されました。
この当時のデンマーク国民の王室支持率は40パーセント程度。
デンマーク国民の為にと必死で努力されました。
気さくで聡明でユーモアがある才女である女王を国民は敬愛。
2017年には80パーセントにまで上昇してます。
2009年には男子優先から男女関係ない直系長子制度に王位継承を変更しました。
デンマーク国民が愛するスーパークイーンなのです。

デンマーク大使館がすごい!

駐日デンマーク大使館のツイートがすごい



でリンク先の文章がこちら↓

【段階的に男女平等を実現したデンマークの王位継承ルール】

日本の皇太子殿下がデンマークを公式訪問し、デンマークのマルグレーテ2世女王とも会食をされました。デンマーク王室は日本の皇室に次いで、世界で2番目に古い王室とされています。そのデンマーク王室の王位継承ルールはどうなっているのでしょうか。

先代のデンマーク国王フレデリック9世には、男子がなく、子どもは3姉妹。当時のデンマークは、まだ王位継承を男子にしか認めていませんでした。そこで、1953年の憲法改正により、女子の王位継承を認めることになりました。長女マルグレーテ(現在のマルグレーテ2世女王)が13歳の時でした。しかし、このときにはまだ、国王に男子の王子が生まれた場合、3人の王女ではなく、末子の王子が王位を継承するという男子優先の法律でした。
1972年、フレデリック9世は、男子を残すことなく、死去。これにより、当時31歳のマルグレーテ2世が女王に即位しました。つまり、1953年から1972年の間、マルグレーテ王女は、推定相続人ではあっても、皇太女ではありませんでした。弟が生まれたら国王になるのはマルグレーテ王女ではなく、弟だったからです。

女性として初めて即位したマルグレーテ2世は、その卓越した才能は人間的魅力によって、デンマーク国民の人気と支持を獲得しました。そして王位継承は2009年に「男子優先」から性別を問わない「長子優先」に国民投票によって変更されました。これによりデンマークの王位継承は完全に男女平等となりました。
マルグレーテ2世女王の長男フレデリック皇太子が王位を継ぐ予定です。譲位は可能とされていますが前例はなく、現在77歳の女王も健在で譲位する意思はないようです。なお、マルグレーテ2世女王の夫であるヘンリク王配殿下(83歳)は、昨年から全ての公務を引退しました(皇太子殿下との写真に登場していないのもそのためです)。



デンマーク大使館に拍手を!

今回の皇太子殿下のデンマークご訪問ですが、滞在中デンマークの王太子ご夫妻がほぼ毎日のようにご一緒されてました。

嬉しそうに皇太子殿下とお話されていてこちらも和みました。

海外、特にヨーロッパの王室が誰を支持しているか実によくわかる。



反吐が出るような人間ってどこの国にもいるのね

ウィリアム王子とキャサリン妃とヘンリー王子が“Heads Together”というメンタルヘルス啓蒙活動をされてます。


両王子が母であるダイアナ妃の死後長い間苦しんでいたという経験から生まれたものです。





ダイアナ妃のお葬式の映像を見るとヘカテーは大人になった今でも涙が出ます。

(数年後に自分も母親を亡くすことになるなんてその時は思ってもみなかった)

ヘカテーは両王子の活動と悲しみを乗り越えた姿に感動しました。

PTGってこのことを言うのじゃないかしら?と思います。

しかし、このニュースを知って嫌な気分になりました。

ウィリアム王子、キャサリン妃、ヘンリー王子、自らのメンタルヘルス問題を語って炎上!

>しかし一方で、メイルオンラインのコラムニストは、「ロイヤルファミリーたるものが、まるで自分たちを悲劇のヒロインに仕立て上げている。彼らの行為は、エリザベス女王がロイヤルファミリーの権威を守るために65年間にわたって懸命に築き上げてきたストム主義(欲望を厳しく節制して人格の完成と心の平穏を追及した思想)を覆す行為。そんな話をするな」と一蹴りすると、それに賛同する人たちのツイートが殺到。

> 「ロイヤルファミリーは、私たちとは違う特権階級。そんな人間に、メンタルヘルスの話をされたくない」「ウィリアム王子は、もっと自分のやるべき仕事をすれば、そんなことに悩まされる時間もないと思う」「特権階級の人間は、メンタルヘルスの問題より、もっとやるべき重要なことがあるはずだ」「犠牲者面はやめてほしい」といった厳しい声が寄せられている


日本のコーシツジャーナリスト()と下郎下女とまったく同じリアクションだよ。

世界中のどこの国にもこういうどうしようもない人間っているんだなーと分かりました。

メイルオンラインのコラムニストなんてそのまま皇太子ご一家バッシングしてるコーシツジャーナリストと同じですよ。

まったく反吐が出る。

こういう人間が秋篠さんちを崇め奉るのです。

子飼いの江森に

「ダイアナ妃が亡くなった時『死んじゃったんだー。かわいそー』と思っただけで特に何とも思わなかった。だってほとんど知らない人みたいなものだもの」

と言った秋篠さん
(それを『秋篠宮さま』というプロパガンダ本に書いちゃう江森も江森で馬鹿だが)

皇太子殿下の決死の覚悟の人格否定発言から半年後の記者会見で

「兄はリョーヘーカと相談すべきだった」
「どうして病気になったか分からない」
「あたしはリョーヘーカとうまくやってる」
「うちと東宮じゃ規模が違う」


と発言しました。

ダイアナ妃が亡くなった時秋篠さんは子どもがいた。

幼い子どもを残して若くして逝った人がどれだけこの世に未練を残すか分かるはずです。

「自分と関係がない人が死んでも特になんとも思わない」

自分のお兄さんのお嫁さんが辛い思いをしてるのに心配するどころか

「なんで病気になったの?あたしはうまくやってるのに」

と皆の前で馬鹿にする

そんな人間が慰霊に訪れても、慰問に訪れても心を打つことはない。

そんな人間を崇め奉る人間の頭の中はどうなってるのか知りたいね。

あ、ごめん知ってるわ。

馬糞が詰まってるんだったわ。

海外の王室の方がそういう点ではしっかりしてますよね。

ほかの王室でも

デンマークのメアリー王太子妃は「メアリー財団」といういじめ防止活動の団体の代表を務められてます。

スウェーデンの王太子であるヴィクトリア王女は拒食症であることを認め、克服された後は拒食症の予防と対策に関わる活動に熱心に取り組まれました。

オランダのウィレム・アレクサンダー国王のお父上は鬱病を患いました。御夫君の為にベアトリクス女王はできる限りのことをされました。結果クラウス王配殿下はうつ病を克服されました。その時の経験が適応障害で苦しむ雅子さまに手をさしのべたことに繋がりました。

拒食症、自傷行為という苦しい経験を乗り越えたダイアナ妃は国際的慈善活動に積極的に取り組みました。

皇族でメンタルヘルスの問題で苦しまれたのは雅子さまだけではない。

(戦前の旧皇族やそれ以前にもいた。藤原宮子太皇太后、冷泉天皇、欣子内親王、山階宮武彦親王、伏見宮貞愛親王妃利子、伏見宮邦芳王等)



過去の皇族たちと違うのは

雅子さまがこれほどまでにひどいバッシングを受けたこと

そして雅子さまの大切な家族にまでそれは及んだこと

真面目に国民のことを考えて文句も言わず頑張る皇太子殿下に対して「皇太子を辞めろ」と言った奴ら

敬宮さまに刺客を放って学習院から追い出そうとした奴ら

こいつらのことは未来永劫決して許しはしない。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR