礼宮を落としてやったーと叫ぶ

http://president.jp/articles/-/24408?page=2

PRESIDENTオンラインの記事です。

ジャーナリストの元木昌彦氏が書いてる記事なのですが、

「海の王子ファミリーと秋篠宮家はやっぱりお似合いだった」と納得できるものです。

眞子さんは圭さんへの愛を貫けるのか、注視したい。私は、秋篠宮家の2人の姉妹は、母親の紀子さん似ではないかと思っている。
そうだとすれば、眞子さんは、見かけによらず芯の強い女性であるはずだ。
私はひょんなことから、紀子さんが秋篠宮と結婚する経緯を知ることになった。彼女は帰国子女だが、私の知っているNHKの解説委員氏の娘も帰国子女で、学習院で紀子さんと親友だったのだ。
失礼ないい方になるが、紀子さんは向上心旺盛で、親友にはかなり前から、秋篠宮と交際すると宣言していて、そのためには労を惜しまなかったそうだ。
見事にその願いが成就し、結婚することが決まった時には、件の親友に電話を掛け、電話口で「やった~」というようなことを大声でいっていた。そう解説委員氏から、娘の言葉として聞いていた。


とんでもないアバズレだな!!

礼宮に女性が近づくと「シャー」とマングースみたいに威嚇してきたと聞いてましたが、

友達に「礼宮と結婚できるのよ!やったー」と大声で電話する女とは知らんかった。



こんなに礼宮の隣を死守してたのに結婚後は

「礼宮さまとお付き合いしてた間は周囲に知られないようにと目立たないようにされていた」

と嘘を書かせた。

マスコミの記者と秋篠さん自身とキーコさまの親父さんが親しくしてるという証拠がまた出ましたね

第三子を作ることを東宮家に遠慮してたと塩らしいこと言ってるが、

本当に兄宮に遠慮するなら

兄宮を差し置いて喪中に結婚なんてしないし、

第二子である佳子ちんを雅子さまがご懐妊かと騒がれてた時に作ったりもしない。

三番目の子を作らなかったのは単純明快

夫婦仲が悪かったから。

結構写真とか見るとキーコさまの方を見てなかったり、

今でもキーコさま置いて秋篠さんがスタスタ歩いて行っちゃう。

坊やを作ったのは優秀な兄宮を出し抜きたいというバカな弟の考えと、この国で一番上の立場の女性になりたいという3DKから嫁いだ宮妃の野心が一致したから。

いい話だなー 女の子ファミリーとの交流



皇太子ご夫妻が昨年12月に障害者週間の表彰式にご出席された時のこと



知的障害がある弟を思いやる女の子が作文の朗読をすると雅子さまが目を潤ませて感動された。

先週の『皇室日記』でその後の女の子と皇太子ご夫妻の交流が紹介されてました。



↑の5分42秒くらいから始まります。

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式典後、両殿下は女の子の目線に合わせてお話しされたとのことです。

表彰式のお礼にと年賀状を送った女の子へ東宮侍従を通して皇太子ご夫妻からお言葉がありました。


「かわいい年賀状ありがとう。先日の作文良くかけてましたよ。おせち料理は何を食べましたか。またお会い出来たらよいですね」

と思いがけない言葉で茅野さん一家は驚いたとのことです。

その後に秋篠さんちの映像が出るので9分55秒まで飛んでください。

常陸宮さまの記念式典ご出席の時の映像が出ます。

華子さまがいらっしゃらないことが気になります。

その次に花の展覧会が出てきます。

絢子さま、信子さま、彬子さまが紹介されてます。

(どうして彬子さまはお母上と一緒にご覧にならないのかと不思議に思う)

それと久子さまがいけばなインターナショナルが触れられてます。

来週の皇室日記は立太子の礼特集です。

それにしてもさ、雅子さまが涙を浮かべられたことを叩く姑ってどうよ?

国民は雅子さまのお姿に感動するよ。

昭和天皇だって国民と共に喜び国民と共に涙した方だったもの。

元気そうでよかったじゃ~ん♪



「やつれた」とか「部屋の中に引きこもってる」とか書かれたけど

やっぱり元気じゃーん!

結婚が延期になったぐらいでダメージを受けるような人じゃないよ。

「あたしのことを誰だと思ってるのよ!」と言って列に並ばなかったり、トイレの使い方は皇族の前に日本人としてあり得ない位に汚いし、ふざけて学校の剥製壊したり、「屁理屈も理屈です」と先生に歯向かったりとチビの頃からやりたい放題してたもん。

あと書道の師匠柳澤さんの言葉が何気にフォローになってないし(笑)

「『ご婚約の期間が長ければ長いほど、お幸せが来ますよ』と申し上げたら、『ありがとうございます』とニコニコなさっていました」

全然ハッピーじゃないし!

高円宮家の典子さまは
「長いことお待たせしてしまって」と優雅に仰ってたが、あれは典子さまが高校生の時に千家家との縁談がまとまってたからなんだよ。
だからプロポーズも無かった。
眞子丼とほとんど年齢が変わらなかった典子さまが10歳以上年上の千家さんをリードされてた。
さすが皇族!と国民は誇らしくなった。

周囲(特に見栄坊のキーコさま)は大反対だったが、眞子丼が「絶対に小室君じゃなきゃ嫌」と意思を曲げなかった。

で、キーコさまは別の計算をし始めた。

「これで安倍政権が内親王限定女性宮家に本気になってくれるんじゃないか?『眞子さまが本当に皇室からいなくなりますよ。いいんですか?』とアピールできるし」

と渋々OKした。

そして恥ずかしい言葉がオンパレードだった婚約記者会見をやった。

だけど全然女性宮家なんて話が進まない。

それもそのはず。

男尊女卑の日本会議の閣僚が多いから男系男子バカばっかりだし、高貴高齢者コンビの我儘で皇室にはあんまり関わりたくない安倍政権は「どうぞどうぞ出てって下さい」という態度だった。

さらには秋篠信者からは「さようなら秋篠宮家さよなら眞子さん」と信者を辞める者まで出た。

全然おいしくないじゃんと気付いて海の王子バッシングをマスコミにさせた。

で、結婚を延期させた。

だから公務で夫婦そろって笑顔だったんですね。

ただもう一つ考えられることがあるんだわ。

海外のVIPも集まる大喪の礼と内親王の結婚を両立させるのは宮内庁としてはキツイ

だから喪が明けてるであろう2020年にやるんだわ。

松平信子さんのお孫さんが敬宮さまの鳴弦役だった件

松平信子さん

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ウィキペディアより

佐賀藩鍋島侯爵家の四女としてご誕生され、会津藩主松平容保の六男恒雄氏とご結婚されたお方です。
お姉さまは皇族一の美人と謳われた梨本宮妃伊都子さま、娘は秩父宮妃勢津子さまというすごい方なのだ。
貞明皇后に仕えて信頼を得て、また常磐会会長として明仁皇太子のお妃選考メンバーの一員でした。
バカで性格の悪い明仁皇太子のお妃選びは大変でしたが、旧皇族でお妃として欠点のない北白川肇子さんに内々に決まってほっとしてたら、小泉参与達が正田美智子を皇太子妃にしようとコソコソと陰で動き、皇室会議の3日前になって初めて「正田美智子が皇太子妃になりますからよろしく」と教えられたという悲劇の人です。
常磐会会長としての面目丸つぶれだし、平民に負けたことになった旧皇族の北白川肇子さんには何と言って詫びたらいいか分からないしと本当に気の毒でした。

まあここまではこのブログを開設して以来ずーーーーっと触れてきたから皆様にとっては
「耳にタコができるわ」と思われるでしょう。

ヘカテーが知らなかったこと。

松平信子さんの長男は松平一郎さんという方です。

東京銀行会長、カルフォルニア・ファーストバンク会長、日本フィンランド協会会長を勤められた方でもあります。

松平一郎さんは徳川宗家17代目当主徳川家正の長女豊子さんと結婚されました。

徳川家正には長男がいましたが、早世し、お家断絶の危機になりました。

そこで養子として選ばれたのが徳川家正の長女の子である松平 恒孝さんでした。

松平一郎さん豊子さん夫婦の次男に当たる方です。

ここでも女系ですね。

徳川宗家も今では女系なのです。

昭和38年に外祖父17代目家正死去により家督を継ぎ、徳川宗家第18代当主になられました。

そして平成13年(2001年)12月7日に読書鳴弦の儀で武家末裔の代表として加賀前田家18代目当主前田 利祐氏と共に鳴弦役を務められました。

前田 利祐氏の叔母さんが照宮成子さまのご学友で戦後マナー・皇室評論家として活躍された酒井美意子さんです。

正田美智子が皇太子妃に決まったことをあれほどお怒りになられた方の孫が、正田美智子の直系の孫の鳴弦役に選ばれる。

皇室ってすごいなー。

えー、ちなみにですね。
徳川 恒孝の奥さんは寺島伯爵家の方です。

徳川 恒孝の長男で徳川宗家19代目当主となられる翻訳家の徳川家広さんはご両親の猛反対を押しのけてベトナム人の女性と結婚されてます。

お子様はいらっしゃらないとのことです。

宮家のお子様方の名前の由来とお印

三笠宮家
ウ冠のつく字でなるべく左右対称の字を選ぶ

第一子 甯子内親王(近衛甯子さん)
第二子 寛仁親王
第三子 宜仁親王(桂宮さま)
第四子 容子内親王(千容子さん)
第五子 憲仁親王(高円宮さま)

お印も皆様樹木です。

三笠宮さま→若杉
百合子さま→桐
甯子さま→樟
トモさん→柏
桂宮さま→桂
容子さま→楓
高円宮さま→柊

高円宮家

第一子 承子女王
(絶えることなく次々と受け継いでいくという意味で「承子(つぐこ)」と名づけられました)
第二子 典子女王
(「典」には手紙、書物、文書、学問、文学という意味があることから知的情操が豊かに育ってほしいと名づけられました)
第三子 絢子女王
(「絢」には文様があり美しいという意味があり、品位を備えて美しくなって欲しいという願いを込められて名づけられました)

お印(久子さまが選ばれました)
承子さま→萩
(『万葉集』で大伴家持が「宮人の袖付衣秋萩ににほひよろしき高円の宮」と詠んだように高円と萩を組み合わせた歌が多いから)
典子さま→蘭
(日本に広く自生し、古くから気品ある姿と香りが鑑賞されてきた花だから)
絢子さま→葛
(山上憶良が『万葉集』で「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 萩の花尾花葛花瞿麦の花女郎花また藤袴朝貌の花」と詠み、楚々とした風情が人を魅了する花だから)

秋篠さんち
第一子 眞子内親王
(秋篠さんがひらめきで「眞」という字を思い浮かべる。母親のキーコさまの名前がこれ以上皇室で異質にならないようにとマコという呼び方になった。「飾らずにありのままを生きる」という意味は後付けです)
第二子 佳子内親王
(父親に「心身ともに佳い(よい)子に育て」という意味で付けられる。眞子丼同様に母親の名前の異質さを目立たなくするために「カコ」という読み方になった)
第三子 悠仁親王
(父親に「ゆったりとした気持ちで長い人生を歩んでいく」という意味で付けられた。最もヒサヒトという昭和天皇の諱である「裕仁(ヒロヒト)に似た読み方なのはタツ爺さんの入り知恵じゃねーかという説あり)

えー、おっかさんのキーコさまがあの時代に「紀子」と書いて「きこ」という皇室内で(というか一般社会でも)超変な名前だったので、「キコちゃんだけ仲間外れは可哀想」と秋篠さんが「マコ」「カコ」という変な名前にしました。
「佳子と書いてカコなの?ヨシコじゃないの?」と思った人も多かっただろうな。

眞子丼→木香茨
(キーコさまが選んだ。夫婦で好きな花で宮邸にも植えた。中国原産の植物で頑丈ですごい繁殖力ですので油断すると庭が大変なことになる)
佳子ちん→ゆうな
(ハイビスカスの一種で、熱帯の花が夫婦そろって好きだから選ばれた)
坊や→高野槇
(「まっすぐに育ってほしい」という願いで選ばれた)

彬子さまと瑤子さまは名前の由来とお印を選ばれた理由が分からなかったのでご紹介できず申し訳ありません。

高円宮家はさすがだわ。

お名前にしてもお印にしても「これぞ皇室!!」というセンスです。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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