宮中晩餐会に関する冷静なご指摘



「おい、キンジョーマジやばいぞ!」と話題になった先週の宮中晩餐会


読者さまのコメントで「なるほど!」と思うものがあったのでご紹介します。

ワトソンさまコメント
タイトル 着物を着るのなら‥
今上陛下の衰えぶりも気になったのですが、皇后陛下の着物姿も気になりました。訪問着なのに華やかさが全くない。晩餐会で着物を着るのなら、もう少し華やかに装ってもらいたいです。
猫背で貧弱な体つきなのですから、もう少し補正をされた方がよろしいのでは、と思います。特に胸元が貧弱。あと、半襟が出なさすぎて、紬を着るような着付けで気になります。このまま着物が紬に変わってもなんら違和感のない着付けです。商家の奥様の着物姿のようで、貴婦人らしさがありません。着丈もいつも少し短いような気がします。ご本人の希望なのでしょうか。
眞子さんの着物もちらっと見ましたが、落ち着き過ぎて、ミセスのような柄ゆき。娘さんらしい華やかさがありません。私は茶道をしますが、お茶会の着物ならあれで良いのでしょう。晩餐会には地味。一体どなたが選んでおられるのか不思議です。着付けも、帯揚げをもっとふわっとして差し上げればよいのに、いつもペッタリとお腹に巻きつき、腹巻のよう。もう少し腕の良い着付の方にお願いすべきです。
あともう一つ気になったのが、この訪問着には紋が入っているのでしょうか。どんなに頑張って紋付訪問着にしたところで、訪問着自体が準礼装にしかならず、果たして晩餐会にふさわしいのか、そもそもの疑問です。色留着るわけにもいかないのでしょうけど






ありがとうございます。

うーむ、着物に詳しい方のご意見は本当に勉強になります。

たぶんミテコさまの「相手国の国家主席夫人はベトナムの民族衣装だから私たちも民族衣装である着物を着ましょう」という命令で女性皇族方は着物になったのでしょう。

ちなみに宮中の「和服」は本来十二単と束帯です。

所謂和服は武家や商人の服装です。

ドレスコードを調べたら既婚の女性は留袖が正礼装と書いてありました。

たぶん留袖だと座ってる時がほとんどの宮中晩餐会ではゲストやカメラから見える姿が地味すぎるという理由で訪問着なのでしょう。

帰国子女の雅子さまが和服がお似合いです。

三笠宮家高円宮家の女王様方は素敵な振袖をお召しです。

ミテコさまと秋篠さんちの母ちゃん&ネーチャンズはなんでずっと日本で生活してるのに着物を着るのが下手くそなんでしょう。

ミテコさまなんて「美智子さまの着物」みたいなムック本や写真集まで出ているのに。

あと東宮応援派の方々の間で話題になってるのが

「キンジョーの髪って何であんなに長いの?みっともないんだけど」

ということ

マレットみたいになってきてるのだ

(マレット:アメリカのレッドネック≪貧乏白人≫がよくする髪型。野外労働で首が赤くなるからこう呼ばれている)

日本でもマレットの子どもを時々見るが、基本的に両親がヤンキーなんだよね。

ミテコさまは自分が着飾ることばっかり考えてないで旦那を気にしてくれ!

雅子さまと結婚されてから皇太子殿下は滅茶苦茶男ぶりが上がったぞ

もう外出しちゃヤバいレベルに突入したキンジョー










両陛下 ベトナム国賓の国家主席夫妻を歓迎
5/30(水) 15:31配信 日テレNEWS24
ベトナムからの国賓を歓迎する行事が皇居で行われ、天皇皇后両陛下や皇太子ご夫妻が出席された。

国賓として来日したベトナムのクアン国家主席夫妻は、30日午前、皇居・宮殿に到着し、天皇皇后両陛下が出迎えられた。今年はこの後、国賓が予定されておらず、来年退位される天皇陛下にとって最後に迎える国賓となる可能性がある。

歓迎行事には皇太子ご夫妻も出席された。式典後、国家主席夫妻と懇談した天皇陛下は、去年初めて訪問したベトナムについて、「今でも懐かしく思い出します」と繰り返し述べられていたという。

夜には宮中晩さん会が行われる。

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20180530-00000054-nnn-soci

両陛下“最後”の宮中晩餐会 心込められた国際親善
5/30(水) 21:43配信  産経新聞
天皇、皇后両陛下が30日、ベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席夫妻を国賓として歓迎行事と宮中晩餐(ばんさん)会でもてなされた。即位以来30年、皇后さまと二人三脚で国際親善に心を尽くしてきた天皇陛下にとり、今回が最後の国賓接遇の機会となる可能性もあり、相手国への思いやりを随所に見せられた。

午前9時20分ごろからの歓迎行事に続き、皇居・宮殿で行われたご会見。会場に向かう廊下で、陛下は昨年のベトナム訪問を懐かしそうに振り返り、会見でも「温かい歓迎を受けた」と謝意を示された。国家主席夫妻から4人で撮った写真に装飾した砂絵を贈られる場面もあり、会話を弾まされていたという。

午後7時半過ぎに開宴した晩餐会。陛下はお言葉の中で、日本とベトナム両国間を往来した人々が昨年計100万人を超えたことなどに触れ、「様々な交流が深まっていることを心から喜ばしく思います」と述べられた。

昨年の訪問時、古都フエで、皇室に伝わる雅楽と起源が同じとされる宮廷音楽の「ニャーニャック」を鑑賞された両陛下。この日の晩餐会場では、8世紀にフエから日本に伝わった「抜頭(ばとう)」という雅楽の曲目を宮内庁楽部が披露した。

歓迎行事から晩餐会まで一日がかりのもてなしに加え、今回は6月1日にベトナムとの外交関係樹立45周年記念のレセプションに臨席するほか、2日には国家主席夫妻の宿泊先である迎賓館に赴き、別れのあいさつも交わされる。

相手が国王の場合、日帰りで近県を案内されることもある。宮内庁関係者によると、国賓の滞在中は、一日の予定を終えて宿泊先に戻ったのを確認してから就寝されるという。

接遇の手順は煩雑で、30日の歓迎行事では、陛下が赤じゅうたんの上での立ち位置を確認するため振り返られ、宮内庁幹部が手で示す場面もあった。例年秋にも国賓を招くことが多いが、宮内庁は高齢の両陛下にはご負担が大きいと政府に伝えているという。

今回が最後の国賓ご接遇の可能性もあるが、側近は「両陛下には最後かどうかということは関係なく、一度一度の機会を大切に、心を込めて取り組まれている」とおもんぱかった。


日テレが報じてる
>式典後、国家主席夫妻と懇談した天皇陛下は、去年初めて訪問したベトナムについて、「今でも懐かしく思い出します」と繰り返し述べられていたという。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180530-00000578-san-soci

結構ヤバいなー

良子さまの“老人特有の症状”は外国からの賓客に何度も同じことを話されようになったことが始まりだった。

父親の昭和天皇は認知症の症状が崩御するまで無かったから良子さまからの遺伝の可能性があるな。

うーむ、あれだけの仕打ちをしてきた母宮と同じ症状に自分がなるなんて考えもしなかっただろう。

歓迎式典で赤じゅうたんのどこの位置に立てばいいのか分からなくなったことは前からやってますね。

宮中晩餐会の冒頭のあいさつでキンジョーが予定した言葉の一部を飛ばして読むということをしてしまった。

あの時、隣の席に座られていた国家主席の顔が気まずい顔をされてると思うのはヘカテーだけだろうか?

というか自分で文章を書いてないんだね。

自分で書いてたら分かるもん。

(まあこれは前からかもしれないね。何しろ子どもの頃から何事も後ろから数えてニ、三番目という有様だったから天皇になっても代筆させてた可能性あり)

キーコさまはいつもの「お手洗いに行くの我慢してるのかしら?」という顔が更に我慢してるみたいな顔してるし、

ミテコさまも「ちょっとこれまずくない?」という顔が出ちゃってる。


列外派読者の方々からガチで高貴高齢者コンビの現状を教えていただいてますが、

こりゃ本当に来年の5月まで持たないんじゃないか

いよいよ徳仁皇太子殿下が徳仁天皇へ、雅子皇太子妃殿下が雅子皇后になられる新しい時代が来るのだ。

私たちにとっては「長くバカげた平成劇場が終わり、新しい時代が来る。待ちに待った時がようやく訪れる」と嬉しいことだが、

ミテコさま、秋篠さんち一家にとってはキンジョーが千の風になることは恐怖だろう。

特にミテコさまにとってはあれだけ虐げてきた雅子さまが自分よりも高位になられることは本当に耐え難いだろうね。

だって雅子さまに頭を下げたり、先を譲ったりしなきゃならないもん。

貞明皇后は大正天皇が崩御した際にいつも通りに「先に行ってください」と新天皇となった昭和天皇が言ったら「あなた方は天皇皇后両陛下です。私よりも先にお進み下さい」と先を譲った。

上皇后とか言う変な称号も使う事なく「皇太后」になっちゃうんじゃないかな。

さぞミテコさまにとっては嫌だろうなー。

あとミテコさまの取り巻き連中もブルーだろう。

秋篠さんちにとっても最大の支援者だったキンジョーが崩御することは不利だろう。

今まで散々嫌がらせの数々をしてきた皇太子ご夫妻がこの国で最も偉い人になる。

皇太子ご夫妻の一人娘の敬宮さまに対して刺客を放ったことは絶対に許されない。

皇太子殿下は以前「公務を見直す」と仰った。

自分のお楽しみを勝手に公務枠に入れてる秋篠さんちは兵糧攻めにあう可能性あり。

まあそれはさておき

皇太子殿下の凛々しさ、雅子さまの美しさは別格です。

このお二人が天皇皇后になられる次の時代が待ち遠しい!!!!

金剛石も磨かずばの精神を歩む敬宮さま ゴーゴーイングランド!!



思春期は若竹のように成長が早い。

ちゃんと学ぶべきものを学ばなければ意味がない。

皇太子ご夫妻はちゃんと「〇〇をすることにはこのような意味がある」と理解できるようになってから敬宮さまに実践させている。

昭和天皇陵参拝、伊勢神宮参拝、神武天皇陵参拝、地方公務同行

イートン校と言えば英国王室とも深い縁がある学校ですから学ぶことも多いでしょう。

実りある3週間になることを祈るばかりです。

それから秋篠さんちのネーチャンズはイートン校には行ってません。

勉強することも大嫌いだし、素行も悪い生徒はイートン校には行けません。

皇太子ご夫妻 滋賀県行啓








つい「行幸啓」と書きたくなりそうなくらい正々堂々とされている両殿下です。

SNSが発達してるから滋賀県民が両殿下の行啓を喜んでいることが分かります。

滋賀県民ラッキーでしたね。

来年はどうなるのか分からんぞ

思わぬ本で分かった雅子さまの凄さ

図書館からこんな本を借りました

ロバート・ホワイティング著『メジャーリーグ とても信じられない話』

まあ題名通りメジャーリーグの本ですわ

2008年9月に出た本です。

タイ・カッブについて調べてたらこの本を見つけました

でその第18章「人種差別の街で松坂がもてはやされるわけ」を読んでて気付いたこと

186~187ページにこんなことが書いてあった

ボストンという街は、<ハーヴァード>や<MIT>などの名門大学が存在するにもかかわらず、長年、けしからぬ人種差別を踏襲してきたのだ。北米で三番目に白人人口が多いことでも知られている(六〇パーセントが白人)。ボストンの名士はほぼ全員が白人で、黒人などのマイノリティは、経済構造の底辺に甘んじているのが現状だ(二四パーセントはアフリカ系アメリカ人。一四パーセントはラテン系。七・五パーセントがアジア系)。
レッドソックスは、球界一の人種差別チームだと言っていい。
ジャッキー・ロビンソンがドジャースに入団し、史上初の黒人メジャーリーガーとなる二年前の一九四五年、レッドソックスは彼をフェンウェイ・パークで試験的に起用したことがある。すると、スタンドに座っていた首脳陣の一人が、こう叫んだ。
「あのニガーをグラウンドから放り出せ!」
それきり彼は二度と起用されなかった。
一九四九年に、黒人選手ウィリー・メイズと契約するチャンスが訪れたが、レッドソックスはまたしてもこれを蹴った。かくしてメジャー史上もっとも偉大な白人バッター、テッド・ウィリアムスと、史上もっとも偉大な黒人オールラウンド・プレーヤーが、同時にレッドソックスの外野を守るという、世紀の組み合わせはついに実現しなかった。このチームに黒人選手が加わったのは、メジャーリーグのなかでももっとも遅かった。
<ボストン・セルティックス>のセンター、ビル・ラッセルはNBA史上まれにみる六〇年代の名選手だが、裕福な白人居住区への引っ越しを拒否されている。スポーツライターの一部は、ラッセルがMVPにふさわしい実力者であるにもかかわらず、黒人という理由だけで彼をMVPに選ばない、と断言した。ラッセルの自宅に暴漢が侵入し、ベッドの上で脱糞したこともある。
六〇年代から七〇年代初めにかけて、ボストンで学園における人種差別撤廃運動が起こったときには、各地で激しい暴動が発生した。


2008年の時点でのボストンはどうだったのかというとこんな風に書いてある

ボストンに住む黒人やヒスパニック、アジア人などのマイノリティ(日本人二、三千人を含む)に本音をたずねれば、オフレコで答えることだろう―街の本質はさほど変わっていない、と。実際、二年前に、サンフランシスコ・ジャイアンツの外野手、バリー・ボンズは、ジャイアンツとの複数年契約の満了を前にして、こう言い放った。
「キャリアを締めくくるチームとして、レッドソックスだけは選びたくないね。あの街は人種差別が激しすぎる」

(188ページより)

「え、何でヘカテーこんな本を持ち出したの?」

と思った方もいらっしゃるでしょう。

この本を読んだ時に
「あれ?ボストンって雅子さまがいらっしゃったよな」
と思い出したのだ。

はい、1979年7月にボストンに引っ越されてます。

お父上小和田恒氏がハーバード大学で教鞭をとることになった為ご一家でボストンへ引っ越されました。

雅子さまはボストン市郊外のベルモント市にあるベルモント・ハイスクールに転入されました。

数学部とソフトボール部に入部され、ソフトボール部では厳冬期の厳しい練習に耐えた者だけに与えられるスタジアムジャンパーを与えられいます。
過去記事 努力の証 スタジアムジャンパー

雅子さまは一生懸命勉強され

High Honer student(最優等学生)と認められ、アメリカ政府が優秀な学生に贈る「National Honer Society」受賞されました。
また在学中、地元紙が年に数回掲載する『成績優秀者』の欄に常に登場されていたのです!
ドイツ語科ではドイツ総領事賞及びゲーテ・インスティテュート賞も受賞されています。


ハーバード大学でも猛勉強の末マグナ・クム・ラウデ(優等賞)で卒業されました。

「英語を母国語としない外国人学生には不可能」とまで言われていたマグナ・クム・ラウデです。

21世紀でも人種差別が激しかったボストン近辺で1979年から1985年まで頑張った
(ハーバード大学はマサチューセッツ州ケンブリッジにあります)

日本人でしかも女性

黄禍論とまでは行かなくても黄色人種に対する差別は激しかった頃のボストン近辺で頑張った雅子さま

どう考えても並みの日本人よりも努力と根性とコミュニケーション能力があるお方です。

外務省だって当時圧倒的に少なかった女性総合職として残業200時間越えの長時間労働で頑張っていた。

ものすごくタフな女性だったのだ。

そんな雅子さまを「男子を産まない」という理由で病気になるまで追い詰めた。

日本の皇室がどれほど恐ろしい伏魔殿であるかはこのことから分かる

救いなのは雅子さまがここまで体調を戻された事だ。

これから暖かく優しい風が雅子さまに吹くことを祈るばかりです。

(それにしてもタイ・カッブについて調べてて雅子さまの話につながるとはちょっとビックリだ)
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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